さて、本編に戻そう。
「うーわー…………めっちゃ積もってますまんか」
翌朝、寝起きの一服をしようとベランダへ出たオレの目に飛び込んで来た物。
それは、鹿児島では初めて見る銀世界だった。
「ええええ~~~っ!ここ鹿児島ですよねっ!?」
部屋から丁度出てきたゴンちゃんが、小さな目を見開いて外を見る。
見開いてはいるのだが、元々小さい上に寝起きのスッピンという出で立ちで、どこからどう見ても岩下の新生姜に貼り付いたゴマ粒にしか見えんぞ、アンタの目。
「そりゃフェリーも欠航するわな。あ~あ、今日泊まるとこどうしよ?」
「雪……ですかぁ……私も初めて………鹿児島……」
続いて現れるハルミネ背後霊。
病気が原因で声が出にくいとは聞いていたが、朝一のそれは冗談抜きで聞き取れない。
息絶える寸前の天龍源一郎じゃないんだから、顔くらい洗ってから登場してくれ。
あと、パッチの前に両手突っ込んで出てくるのもやめてくれ気持ち悪い。
「今日、連泊無理だったんですか?ジュンさん」
「ああ、一応昨日の夜に、オーナー宛にメール送っといたんやけどね、来るか来んかハッキリせえへんベトナム人の予約が入ってるみたいでさ」
「そうなんですか?何かすみません、私の方が先に連泊予約しちゃってたから…」
「いやいや、そんなん仕方無い事やし、ここが無理なら、フェリーターミナルの近くにあるビジホにでも泊まるよ」
そうなのである。
ゴンちゃんは二日前にここへ来ていて、本当なら今朝沖縄行きのフェリーに乗るはずだった。
オレが利用するフェリーの会社より、ゴンちゃんが利用するフェリーの会社の方が、先に欠航を決めて連絡したのだろう。
ま、確かに宿泊費は安いに越したことはないが、そこまで切り詰めなきゃならないほど金に困っている訳でもない。
ダメならダメで、明日の移動が楽なホテルでのんびり風呂にでも浸かって疲れを取ろう………
が、ハルミネ二等兵。アンタみたいな爺さんが、どんな理由でこんな安宿に10連泊してんのかは知らんが、ゴンちゃんの横で化石化するのだけはやめてくれ。
パッチの中にクロスさせて両手を突っ込んどるが、見ようによっては王家の谷から発掘されたミイラだぞアンタ。
銭湯から戻った後、昨夜から続くオーナーからのメールを読み返してみた。
どうやらこのケータイから来るメールは、旦那であるオーナーと嫁の女将が二人共同で使っている様で、何と言うかこう……とにかく読んでみてくれたら分かるとは思うが、纏りも無いし文法も変だし、こっちからすると【少し頭の温かい子】とやり取りしてる感じなのだ。
が、やり取りしてるうちに何だか可笑しくなって来て、無理なら無理で宿側が勧める事務所のソファーとやらに泊まってもいいか、と思い始めた。
そのやり取りというのがコレだ↓
分かっていただけただろうか?
オレの感覚だけで例えるなら、やっぱり【少し頭の温かい子】になってしまうこのメール。
ま、何だか逆に面白そうなんで、その『最悪の場合』を経験するのもアリかと思った訳だ。
そんな事を考えながらボケ~っとしているうちに、風呂上がりの温かさも手伝ってか眠くなってきて、目が覚めた時には既に16時を回っていた。
(ん………ふわあ~~~っ、よく寝たなあ。あら、もう4時か、ヤベー寝すぎた。あらっ?めっちゃメール来てるやんか)
もう笑うしかなかったが、とにかく17時にベトナム人がチェックインするなら仕方がない。
とっとと荷物を纏めて出て行くしか無いのだが、800円で泊めてくれるならソファーでいいやと急いで返信。
が、荷物をパッキングしているうちに、もうひとつの選択肢である【ビジホの風呂でのんびり】という誘惑が襲って来る。
てか、宿側にしても『昨日の女将の不確かな発言』という部分で謝ってるという事は、本来ならそうはしたくないのだろう。
(うん、やっぱり事務所泊はパスしよう!800円ぽっちで無理させるってのも大人げないしな。よし、出発するか!)
喘息持ちのパグみたいなハルミネ二等兵のイビキが聞こえる。
ゴンちゃんは外出中の様だ。
何か、久しぶりにゲストハウスの客同士でメシ食ったりしたけど、たまにならこんなんもアリかもね。毎回は嫌だけど。
つー訳で、お二人とも良い旅を。
今夜は普通のオジサンに戻ります。