「いやあ~、戻って来ちゃいました!アユタヤって、結構高いんですね、ゲストハウス」




案の定というか何というか、悪びれた様子も無くそう言いながら荷物を置くタケシ。

このバカがアユタヤーのゲストハウス事情を何一つ分かっちゃいないのは聞かなくても分かるが、今はそんな事なんかどうだっていい。

問題は、その後ろで倒れこんでいる彼女の方である。




「あのさー、ここはエアコン付きの部屋無いから、ホテルとかに泊まった方がいいと思うよ?」


「え……何でですか?」


「ここはエアコン付きの部屋無いし、今の彼女の状態は結構危ないと思うよ?入院してからじゃ遅いし、無理してこんなとこに泊まらんでも、1kmくらい離れたとこにあるリゾートホテルだって1部屋5000円くらいで泊まれるよ?」


「あ、いやー……ちょっと暑かったからバテただけだと思うんですけどね~……それに、こっちで一泊5000円払う余裕は無いですし…」




何を言ってるのだろう、このバカは。

己れの彼女の健康よりも宿代ケチる方が大事??

つか、横でへたり込んでる彼女を見て何とも思わんのかオマエは………




「ジュンさん、僕の荷物移動しときましたからいつでも大丈夫ですよ。シーツも替えときました」


「あー、ゴメンな。ほな、とにかく彼女は部屋で横になって扇風機にあたっといた方がいいよ。チェックインするなら後でいいから、様子見て体調戻らへん様なら病院行こ。んで、ホテルに移るかどうかは、彼女に決めてもらったらいい」


「ああ……分かりました、何かすみません」




へたり込んだ彼女を肩で抱えて部屋に入るドケチバカ。

それから暫くは部屋から出てこなかったが、オレと宿主のタイ人夫婦が昼メシを食っているところに、ノコノコやって来てこう言った。




「あのー、さっき聞いた時、1泊200バーツって言ってましたっけ?」


「うん。でも今はとりあえず休んでもらってるだけやから、彼女の体調次第では、マジでホテルに泊まった方がいいよ」




片言のタイ語で、一緒にいるタイ人夫婦にも事情を伝える。

「チャーイ、チャーイ!(そうそう!)」

タイ人夫婦も、そうしなさいと言わんばかりに賛同する。


が……




「いや、そうなんですけど……あの~、もし彼女がここでいいってなったらなんですけど…」


「うん、それならそのまま泊まってくれたらいいよ?」


「ええ。それでなんですけど、もう少し安くしてもらう事とか出来ませんかね?」





プチン





呆れてモノが言えないとはこういう事だ。

思わずポカーンと口を開けて言葉が出ないオレに、「彼は何て言ってるんだ?」と通訳を求めるタイ人夫婦。

いや、そんな事絶対に言えない。


オレがこのゲストハウスを日本人宿にしたのは2つの理由があっての事。


1つは、まずオレ自身が日本人でコミュニケーションが取りやすいから。

2つ目は、日本人宿というのは、他と比較しても治安が良いという事。


ここは、他の一般的なゲストハウスと違い、古い一軒家にタイ人家族6人が住んでいる、言わばホームステイ宿なのだ。

一番下の子供はまだ五歳である。

そんな場所だから、敢えて英語表記の看板は作らなかった。

そして、最近になってようやく客付きが出来てきて、日本人の若い子達は皆優しくて礼儀正しいと夫婦も喜んでくれていた。


宿代を設定したのは他でもないこのオレだ。

アユタヤーのゲストハウス通りと言われている『soi1(ソーイ・ヌン)』とは少し離れている場所にある為、以前よりは少し安く設定し直したのもこのオレだ。

言っとくが、建物自体は古い木造だしエアコンも無い。

が、扇風機の付いた個室には、部屋それぞれにシャワーとトイレが付いている。

ソーイ・ヌンなら、シャワーとトイレが共同で300バーツはするだろう。

そんな事も知らないこのバカは、オレに向かって『アユタヤって結構高いんですね、ゲストハウス』てな事を、出会った瞬間からアホヅラで抜かしやがったのだ。


そんなバカな要求を、せっかく好意で休憩させてやってるお人好しのタイ人夫婦に『もう少しまけてくれって言ってるよ』等とオレが言える訳が無い。それこそ日本の恥だ。




「………あのね、今二人が休憩してる分の部屋代ってのは、この夫婦の気持ちでタダにしてもらってるだけなんやわ。で、このままチェックインするならお金は勿論貰うけど、オレは、『彼女次第ではホテルに泊まった方がいいよ』って言ったよね、分かる?」


「あぁ……はい……」




同じ共同スペースで漫画を読んでいた、連泊日本人二人組。

その二人の顔が、『遂に始まったか』という表情でこっちを見ていた。




「さっき他のゲストハウスを見回って来て分かったと思うけど、ここより安い部屋って、多分ドミトリーか、トイレとシャワーが共同のとこくらいやったやろ?」


「そう……ですね」


「つまり、そういう事なんやわ。ここは最初から安く設定してあるし、ここより安い宿の方がよかったら、無理せんとそっちに行ってくれたらいいし」


「そう……なんですけど…ね」


「あのさー、余計なお世話やったら謝るけど、客を迎える側もボランティアでやってる訳じゃないんよな、この夫婦にしても。何かさっきはカンボジアで毎年ボランティア活動してるって言ってたけど、カンボジアに行く交通費ってどれくらいかかる?」


「バンコクからは陸路なんで、そんなには……」


「うん、カオサン辺りからバスが出てるよね?じゃあ、日本からこっちに来るのは飛行機使う訳やろ?まさか、『ボランティアしにカンボジアまで行くから飛行機代まけて下さい』って言うバカいてる?」


「それは……そうですね…」


「ボランティアしてる事は素晴らしい事やと思うよ。でもね、そこに行くまでに掛かる航空券代を払う金あったら、それを全額現地のNGOに寄付するっていう手もあるよ?600円払う金も無いのにわざわざ外国まで来て、ボランティア帰りに人の好意を踏みにじるってのいうのは、オレはちょっと……いや、それは同じ日本人としてどうかと思うで」


「あ…………いや……すみません」


「んで、聞いても無いのにカンボジアでボランティアしてる事なんかアピールせんでもええやんか。『金は無いけど、安い外国で現実逃避しながら褒められたい』やってる事は間違いではないんやしそれでええやん。つーか、今ならわざわざこんな外国まで来んでも日本にもいっぱいあるよ?孤児院とか、寄付を必要としてるとこって」


「………………」










結局その日の夕方、彼女の体調も回復傾向にあるという事で、二人はそのまま泊まる事になった(←泊まるんかい)。



海外にいると老人並に早寝するオレに、その晩何が起きたかなど知る由もなかった。


というより、元々オレ自身が人とつるんで旅をするのが苦手な事もあり、いくらゲストハウスのインフォメーション役をしていようが、チェックインが終わったら基本的には放ったらかしである。

『一緒にメシでも食いに行こ』とも言わないし、『どこを周って来たの?』なんか聞いた事が無い。


そんな性格である為、余程の事がない限りは1人で自分の部屋に籠っている事の方が多いのだが、翌朝、連泊している日本人二人組からエライ話を聞く事になるのだった……