「それではこれで失礼します。合鍵はドアの所に3つ掛けてありますので、外出する時は持って出られても構いません」




疲れた……


謎女将に『案内されて来た』という訳でもなく、謎女将を『探して来た』と言っても過言じゃない出だしから始まり、やっと荷物を置いて横になろうとしたオレの部屋で、何故だかいきなり敷き布団のシーツをアイロンがけし始めた時にはマジでズッコケそうになった。


その間も延々と続く、経営方針のあり方やベジタリアンの話。

外国人は寝起きが悪いから黒酢がいいとか悪いとか、とにかく次から次へと出てくる話題には全く繋がりが無く、結局はアイロンがけが終わるまでに30分近くも話に付き合わされてしまった。



想像してみて欲しい。



出張先で予約してある宿へ、仕事でヘトヘトになって戻るとする。


着ているスーツとネクタイをベッドの上に放り投げ、とりあえずは風呂にでもゆっくり浸かって、今夜の晩酌のアテは何にしようか等と考えるのが普通だろう。


が、


戻ってみたら、謎のオバハンがブツブツ呟きながらカーペットをコロコロしていたり、モンゴルの遊牧民は今でも幸せなのかとか聞かれてみ?

普通の人なら疲れるだろ?

疲れるだろ?

疲れるだろおおおおーーっ!?




僅かに見える時計を見て欲しい。この写真は謎女将が帰ってから20分後くらいだが、ここに着いたのは17:30だったはず。




スーーーーッ…………


「どうも、こんばんは……よろしくお願いします…」


(ヒッ!!………なっ、なんや、みんな外出してんのかと思ったらおったんかいっ!)


「あっ……こ、こんばんは~。いらしてたんですか。すみませんね、ごちゃごちゃ煩かったでしょ?」



音も無くフスマを開け、突然現れた60代半ばくらいの男性。
後から聞くと、この人はハルミネさんという名前だそうで、もう何年間もアフリカに滞在していたが、金が尽きたりビザの問題等で何年か前に帰国したという。



「おかず、買ってきたんですか………」

「えっ?……ああ、近所のスーパーで買って来ましたよ」

「近所………◯◯のスーパーですか?」

「え……あ、いや、初めて来たんでよく分からないんですけど」

「……………煮付け……まめ………」



オレが買って来た惣菜をチラ見し、一瞬黙り込んだ後、聞き取れない様な声で何かブツブツと呟き、部屋に戻って行った。
それにしても『煮付け』『まめ』とは一体どういう意味だろうか?
何かの呪文だとしたら、やっぱりココは大丈夫じゃなさそうだな。
民宿って言うより隔離施設に近いぞ、マジで。



スーーーーッ………


「美味しそうですね……私も何か……買ってきます………」


(いやだからっっ!!無条件に怖いからやめろっつーのっ!!20代のガキンチョがいないと思って安心してたのに、これじゃまるで夢遊病棟やないかいっ!!普通のヤツはいてへんのかここはっ!!)


ブイイーーーーン、ブイイーーーーン、ブイイーーーーン


(ん?今度は鹿児島の市外局番……誰やろ?てか、ポルターガイストだったとしても驚かんぞ今のオレなら)

「はい、もしもーし」

「こちら、Aライン、マルエーフェリー予約受付センターと申しますが、◯◯さんでよろしかったでしょうか?」

「あー、はいそうです」

「明日ご予約頂いている種子島行きのフェリーですが、天候不良により、欠航が決まりましたのでお知らせします」










……( ̄□ ̄;)!!