「それではすみませんが、こちらの用紙に記入して下さい」




奇妙で纏まりの無い置物の数々。

そして、一体これのどこがパソコン教室なのか?という雑然とした感じの赤い部屋。

その一角で宿泊台帳に記入している時も女将の話は止まらない。止まらないのだが、その話もインテリア同様に纏まりが無く、適当に『あぁ』とか『そうですね』とかで返すのが精一杯。

で、一番最初に送られてきたメールにはここで検温をする事になっていたのだがそれも無し。




「はい、それではお部屋があるマンションまで案内しますね。私、すぐそこのコンビニに車を停めてあるんで送ります」


「あ、いや、僕はバイクがあるんで……」


「ああ、そうですよね。すぐ近くなんですけど、一旦お部屋を見てからバイクを取りに来ます?」


「いやー、二度手間になるし、バイクで車に付いて行った方がいいんじゃないですかね?」


「そうですね、それがいいですね。じゃあ行きましょうか」




そう言ってまたバッグから鍵束を出そうとするが、中に忘れたと言って部屋に戻る女将。

なあ、一体何なんだよこの意味不明な新喜劇は?




「あの~、ここで検温してから部屋に行くっていう風にメールもらってたんですが……」


「あ!そうでしたよね。今、熱っぽい症状とかありますか?」


「いや、それは無いですけど」


「じゃあ行きましょうか。私が先に行きますので、付いてきて下さい」


「……………………………………」




そう言って、小走り気味に車へと向かう謎女将。

オレも慌ててバイクに乗って追いかけようとするが、タイミング悪くコンビニに着く1つ手前の信号に引っ掛かってしまう。


普通なら、その様子に気付いて青になるまで待っているものだが、やっぱりと言うか何と言うか、既にその先を左折して見えなくなる女将の車。

オレも後から追いかけたが、既にどこへ行ったか分からなくなっていた………



だからっ!何なんだよこの意味不明な新喜劇はっ!!






民宿というのは名前だけで、結局はただのアパートだった。要するに民泊って事か。




結局、アパート名と住所をGoogle Mapで検索し、ナビに従って泊まる場所に到着。
謎女将はアパート前に車を停めて待っていたが、このイミフおばちゃんにアレコレ言っても普通の会話をやり取り出来るとは思えないので黙っていた。



「じゃあ、バイクはそこの端の方に停めて下さい。今日は他に二人泊まってますけど、一人は大型バイクで来てる30代の女性の方で、もう一人は60歳くらいの男性です。女性の方は四国から来て沖縄に向かうみたいで、男性の方はちょっと分からないんですけど、アフリカに長い間いたみたいですよ。それで、部屋はこちらの階段から上がって……」



洪水の如く喋りまくる女将と、それに全く付いて行けない気の毒なオレ。
大体、他の宿泊客の事を他人にペラペラと話していいもんなのだろうか?
でもま、20代のガキンチョがいないっていうのが分かったのは嬉しい事ではあるが。











「こちらの小さい冷蔵庫とかレンジは自由に使って下さい。お風呂を使う時はこの札を使用中にして下さい。タオルは沢山あるので自由に使って下さい。一応、食器類もあるので自由に使って下さい」



そんな謎女将のマシンガントークに圧倒されながら、改めて部屋の中をチェックする。
何だここ、めちゃくちゃお得やん!
これだけ色々揃ってて1500円って、よそ探しても絶対ねーぞ?
てか、タオル使い放題って地味に有難い。




「いやー、凄いですね!これだけ至れり尽くせりで、本当に1500円ですか!?」

「そうですよね。でも、そうじゃないとお客さんって来ないんですよ。安いか高いか、そのどちらかしか来ないんです。中途半端が一番ダメ。中途半端だと誰も来ないし、来てもネットに悪い事たくさん書かれるし、それに……」



(いかん、余計な事言うてもうた。また暫く止まらんぞコレは…)



ま、そんな謎女将の言う事の意味は良く分かる。
飲食店も同じく、中途半端な店は長続きしないからだ。
安いか高いか、その中間にある店は星の数ほどオープンするが、5年後に残ってるのは2割くらいというところか。

ま、相変わらず言ってる事の半分以上は意味不明だが、とにかく一生懸命やってる感は充分伝わってくるし、変な宗教とかやってるって訳でも無さそうだ。これなら安心してのんびり出来……












いや、やっぱり怪しいなココ!大丈夫かな?オレ。