「ママ~っ!2日ぶり~~っ!今日はちょっとらけ呑んでます……んぷっ!呑んでまっすう~」
せっかく店の女将と懐かしネタで盛り上がり、あわよくば、『良かったら、今夜は泊まって行ってね。冬の間はカメムシも出ないし、他にもいっぱい話が聞きたいから♥️』みたいな展開になる事を期待してたのに、そこそこ酔っ払ったスキンヘッドの爺さんと、その部下っぽい大男が入って来た。
二人とも現場の作業着姿で既に顔は真っ赤っかである。
「何が2日ぶり~ね、昨日も来ちょったやねーかい。ちゅーか、もう呑んじょったん?毎日呑みよったら来月死ぬで。ハゲの次は死ぬしか残っちょらんのやで!」
何となく見た目にヤンキーの面影が残る女将。
やっぱり気のせいじゃなかったか、それにしてもオレに匹敵するレベルの毒舌キャラやなあ。
「ハッ、ハゲって、ハゲたんは好きでハゲんなったんじゃねーけんっ!40年前からハゲてからっ、今さらそげん事言わんじくりぃーっ!」
何かスゲー事になって来たけどめっちゃ面白い。
もしオレが自分の店に初めて来た客やったら、オレと常連とのやり取りってこんな感じなんやろか?
だとしたらゴメンな、ウチを初めて利用してくれたイチゲンサン達。
「ごめんなさいねー、うるさい爺ちゃん入って来て」
「いやいや、生の大分弁の中に混じれて嬉しいですよ」
いや本当にそう思った。
オレも若い頃から色んな所に住み、今の大阪に定住する様になるまで、大分出身の人なんか二人くらいしか会った事もなく、その二人でさえ既に大分弁は使わなくなっていた。
普段なら、こんな酔っ払いの爺が騒いでいたら即店を替えるかどうかするところだが、何故かこの田舎独特の空気がそうさせるのか、とにかくやたらと心地好いのだ。
「え!もしかして兄さん他所の人?どっから来ちょるん?仕事で来たんかえ?ワシも昨日は仕事でア・メ・リ・カ!USA!か~もんべいびーアメリカ~♪ウハハハハハッ!ママっ、豚足の唐揚げちょーだいっ!」
「USAって、宇佐に電柱工事に行っただけやろうがぇ。もう、あんまり騒いだら酒出さんけんねっ!」
大分県民が全国区で通用する数少ないアメリカネタを、入店から僅か2分で使い果たす酔拳師匠。
が、後はもう「滑って転んで大分県」くらいしか残ってない地元ネタを、年寄りがどのタイミングで出すのかくらいは容易に想像がつく。
「大阪からですよ。仕事ではないんですけど、ちょっとどうしても今しか都合がつかない用事があって」
それから約20分後……
「偉いっ!!兄さんっ!!ワシはモーレツに感動したっ!!ママっ、こちらの兄さんの分っ!今日はワシが払うけんっ!豚足も追加してっ!兄さんに豚足あげてっ!!」
カウンター席の椅子から立ち上がり、オレの方を向き、うっすらと目に涙を浮かべてそう絶叫する酔拳師匠。
いや、オレはただ聞かれた事に答えただけなんだが、どうにも70代以上のジジババは今回の旅の理由が心に刺さるのか、何だか知らないけどすっかり『可哀想な人』みたいになってる様な気がするんですけど、オレ。
つーか、わざわざ大分まで来て豚足ばっかり食われへんっつーのっ。
鶴橋辺りに行きゃそこら辺に積んであるから、豚足はっ。
「ところで、今日はどこに泊まっちょんの?」
ゴン太くん並に赤くした鼻をティッシュでブーブーやりながら泣いているじい様を横目に、やれやれといった顔でオレに話しかけてくる女将さん。
これはもしかして、カメムシのいない季節限定の誘いなんだろうか(←ドキドキ)。
「あぁ、うまいもん通りとかいう所にあるゲストハウスですよ」
「………あー、あの若い人達がやりよん所!」
「そうですそうです」
「あそこ、どんな感じなん?」
「ん~、まだチェックインしただけやし分からないんですけどね、この後は戻って寝るだけなんで。でも、やっぱりビジネスホテルか民宿にすれば良かったかなーとは思ってます」
「あ~………やっぱりね」
何か含んだ様な言い回しをした女将は、軽く「フッ」と苦笑いして下を向いた。
ま、この話は長くなるので次回にするが、最後にこれだけは言わせてくれ……
なあ爺さん、グスグス泣くのは勝手だが、カウンターの上に鼻かんだティッシュ溢れかえって、足下まで散らかってるっつーのっ!
それからな、確かに豚足の唐揚げは激ウマだが、アンタがさっきからエンドレスで食ってる枝豆はオレのだからっ!!