当院の外来に40代男性が産業医の紹介状を持って受診した。不眠と意欲低下が主訴で、産業医の先生はうつ病ではないか、と心配して紹介されたようだ。しかし、表情や会話のテンポなどからは、うつ的なところは見当たらないし、簡単な心理検査でもうつ病は否定的である。体重減少もない。寝つきはいいが、午前2時や3時に目が覚めて、それからは眠れないという。職場でのストレスはあるのだろうが、工場の生産現場で夜勤や残業や休日出勤はない。会社の寮で単身赴任生活をしており、週末には自宅に帰っている。問題は生活習慣である。日本酒を毎晩3合飲み、趣味はパチンコとのことである。



 寝酒という言葉があるように、アルコールを飲むとよく眠れるので睡眠薬を飲むよりいい、と思っている方も少なくないだろう。ところが、アルコールは睡眠に悪さをするのである。アルコールを飲んで眠くなるのは、意識レベルに関与する脳幹部の網様賦活系を抑制するためである。一見、寝つきはよくなったように見えて、睡眠の質は悪くなっている。一部の睡眠薬でも似たような問題があるが、レム睡眠が抑制されて、「眠ったような気がしない」「疲れが取れない」という感じになりやすい。それにアルコール濃度が低下してくると中途覚醒してしまい、そこから眠りにくくなる。ウトウト眠っても、それまで抑制されていたレム睡眠が反動で出てきて、「悪夢を見る」「変な夢ばかり見て疲れる」ということになってしまう。また、人間の体温は日中上昇し夜間低下するリズムがあり、夜は眠りやすくなっているのだが、アルコールのカロリーは体温上昇に使われるので、睡眠リズムがおかしくなる一因となりうる。それに、休肝日なしに飲酒していたら、体の負担も出るので、特に朝は元気が出ない、ということになるはずである。


 結局、前述の方には、アルコールが睡眠に悪さをするということを説明し、なるべく飲酒しない日を作ること、休日はなるべく体を動かすこと、といった生活上の注意をして、飲酒しない日にどうしても眠れなければ服用するように、と睡眠薬を少量だけ処方しておいた。


 神経質な人で不眠を気にする人はよくいる。しかし寝酒のアルコールは感心しない。今日は眠れなくても仕方がない、とあきらめていれば、いつしか眠っているものである。