早稲田大学人間科学学術院教授の熊野宏昭さんに、パニック障害の適切な診断、治療について聞いた。


 ――病名はいつできたのですか。

 40年ほど前、心の不調で起こると考えられていた不安神経症の患者の一部に、抗うつ薬が非常によく効く人たちが見つかりました。発作などの共通の症状から同じ病気と判断され、1980年、米国精神医学会の診断マニュアルに初めて病名が記載されました。


 ――なぜ起こるのですか。

 患者の脳では、不安や恐怖にかかわる扁桃(へんとう)体などが、安静時でも過剰に働いていることが、特殊なCT検査を用いた我々の研究で分かりました。発作が続くと、扁桃体の働きを抑える前頭前野の活動が弱まることも分かってきました。度重なる発作で、前頭前野がダメージを受けると考えられます。


 ――診断は適切に行われているのでしょうか。

 ポイントは、理由もなく突然起こった発作が、2度以上繰り返されたかどうかです。電車が苦手な人が電車で息苦しくなっても、それは理由のある発作でパニック障害ではない。そうした人は薬があまり効かず、認知行動療法が適していますが、パニック障害と診断されて薬を飲み続けている人が少なくありません。


 ――薬物療法の効果は。

 パニック発作の多くは、抗うつ薬SSRIと抗不安薬の適切な使用で抑えられます。前頭前野のダメージを防ぐためにも、発作をしっかり抑えることが重要です。過食や過眠、気分の激しい波などを伴う「非定型うつ病」を合併するケースでは、従来の抗うつ薬と気分調整薬を併せて使うなど、異なる対応が必要になります。


 ――薬はいつまで飲み続けたらよいのですか。

 数年して落ち着いたら、やめられる可能性もありますが、薬物療法を中止した場合の再発率は5割から7割と高く、飲み続けることが勧められます。この病気の薬物療法はまだ発展途上で、10年、20年先の症状の変化までは分かりません。


 ――認知行動療法の効果は。

 パニック障害は脳の病気ですが、心の状態を変えると、脳の働きが正常化することが分かってきました。即効性のある薬物療法よりも時間はかかりますが、半年ほどで薬と同等の治療成績が得られます。さらに、治療をやめても効果が続き、再発率が3割と低い利点もあります。


 ――薬物療法と認知行動療法は同時に行うのですか。

 薬を飲みながら認知行動療法を行うと、再発率が高くなるという研究もあり、認知行動療法は単独で行うのが理想です。ただ、心理士の国家資格がない日本では、きちんと対応できる医療機関が少ない。まずは薬で発作を抑え、減薬の過程で認知行動療法を行う方法が現実的で、再発予防効果も期待できます。