みんな恋するもんだと思ってたけど、そうではないんだな。

そして、そこからどんな形を求めたっていいし

どんな形に収まってもいい。

これからはこんな形が増えるのって、世界の平和に繋がるんだろうなととってもあったかい気持ちになりました。

六甲山の緑も、神戸の海の方までも見渡せる大好きなカフェにて

アロマンティック・アクセシュアルってご存知でしょうか。
アロマンティックとは恋愛的指向の一つで、他者に恋愛感情を抱かない人のことをいう。
アクセシュアルは性的指向の一つで、他者に性的に惹かれない人のことをいう。
アウティングとは、本人の同意を得ずに、その人の性的指向や性自認などのセクシュアリティに関する情報を、他の人に暴露すること。

セクシュアリティとはデリケートなものだけど本当に大切なもの、大切にされるべきもの。
誰であっても人のセクシュアリティについてとやかくいう資格もなく、脅かす資格もない。

この本は咲子(さくこ)と高橋さんが、恋せぬふたりでありながら、"家族カッコ仮"という新しい在り方を目指し、周りを巻き込みながら試行錯誤するお話。

私は恋愛もセックスも大好きだと思って生きてきたけれど、それでもこの本に書かれていることに共感しました。

夫婦だから
恋人だから
家族だから
友達だから
少し親しくなってきたら
相手にわかるくらい好意を露わにしてるから

こう思って当然
こうするのが当然
言葉で確認しなくてもそうするもの

当然だよねとされることって
近しい関係には留まらない
職場の同僚や取引先やあらゆる人間関係で
こうなったらこうだよね
という暗黙の了解みたいな認識があったりする
そしてそれは正解じゃないし
そうしなくちゃいけないわけでもない
受け入れる権利も拒否する権利もある
お互いにその意思を尊重する

そこを土足で踏み込んでしまいがちなのが特に
恋人
夫婦
家族
どちらか、もしくは互いに好意を抱いてる異性または同性どうし
かな、と思うのです。

若い頃は特に、そして好意を寄せられると相手に弱くなる私は、自分も好きなのだと思い込んで受け入れては、
ああ違う
と感じて、心や身体を蝕まれることはありました。
大人になってからも、
拒否する
ということができなかったり
拒否してもそれを受け入れてもらえなかったりして
そうなると傷つき方が若い頃の比ではなく、今思い出しても苦しいようなこともありました。

この本は、表向きはアロマンティック・アクセシュアルのお話だけど、性の多様性や同意だけでなく、
「あらゆることの同意」「人との距離感」
という大切なテーマもあると思う。
優しさとは、愛とは
なんでも受け入れることではない。

自分と相手を守るために、優しく線を引く作業。

同意や線引きが必要なのは
性的なことだけではない。
生きるということは
周りのあらゆる人とあらゆる事柄について
同意や線引きを作る作業。
それは相手を遠ざけたり切ったりするためじゃなく
できるだけ心地よく近づくため。

素直で正直な咲子と高橋さん❤️
周りの人たちも、理解したいっていう愛があって
とてもあったかい。

人との距離感に悩んだことがある人に
読んでいただきたいな😉