「会長、調子はどうじゃ?」
病室のドアが開いた。
さわやかな笑顔の下には、きびしい社会の荒波に打ち勝ってきた誇りと言わんばかりの深いシワがきざまれた老人が現れた。
「おー!! 見ての通りじゃ!! 老いぼれて今ではベッドの上で一日中過ごす毎日さ」
「何を言ってるんだ!!最後の一花咲かすぞ!!」
弱気な発言をするわしに、専務は喝を入れようと思ったのか背中を“バーン”っと叩いた。
「おい!わしは病人だぞ!!相変わらず、豪快な男じゃのう」
病室には大きな笑い声が響いた。
わしは20歳を過ぎた頃、田舎町で小さな工場を開いた。
鳴かず飛ばずの状態でいつ潰れてもおかしくもない工場に、彼は喜んで入社してくれた。
会社が軌道に乗るまでは本当に大変だった。自宅の電気は何度も止められ、とても順調にここまでの人生が送られてきたとは言い難いものがある。
そんな田舎町の小さな工場で、わしの相棒として力を貸してくれた彼は、人からの信頼も厚く本当に頼れる男じゃった。
「会長は大したものじゃ。あの工場を上場企業にしてしまったんじゃからのう!!」
「わしは、なにもしてないよ。人が助けてくれたんじゃ!!そうじゃ、専務覚えているかい?あれは工場経営を始めて5年目の春、銀行への返済が滞り会社は倒産寸前におちいった時、慌てふためくわしの横で、君が冷静にあらゆる人脈に声をかけ会社を立て直してくれたんじゃ!!」
「そうそう、あの時会長は真っ青な顔をしながら受話器を握り一生懸命にお得意様に支払いの延長を申し入れていたのう!!」
「専務はわしが電話対応に追われる中、古い友達に“なんとか助けてもらえないか”と声をかけてくれたんじゃ。雄二君や浩二君の兄弟は本当によく力を貸してくれたよ!!」
ベッドわきの窓から見えるイチョウ並木はきれいに黄色に染まり、涼しさから寒さに変わりつつある11月の終わり、暖房がきいてぽかぽかと心地よい病室内で懐かしい思い出話はさらに続いた。
「でも、あの時の一番の功労者は美月ちゃんかのう。女性のネットワークは本当に強力で、あの力が会社を立て直す原動力となったんじゃ。美月ちゃんは子供の頃からしっかりとした頼りになる女性じゃったから、会長が惚れるのもうなずけるよ!!」
「ハハハ。“年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せ”というじゃろ。美月は妻としても会社の役員としても本当によく頑張ってくれたんじゃ。3年前に他界した時は、わしの心にぽっかりと穴が開いてしまって今でも思い出すと涙が浮かんでくるわい」
「おお、そういえば美月ちゃんの弟のつとむを覚えているか? 会長と小学校のグランドのスペースをめぐって、殴り合いのけんかになったつとむだよ。あやつは結局わしたちの会社に入社し、いつまでも会長に頭があがらなかったのう」
ワッハッハ!!
がさつで豪快な笑い声をあげる専務をわしは見つめた。
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「マー君。今までありがとうな!!」
「どうしたんだよ、会長!!」
「おぬしとは小学校の砂場で出会ってからのつきあいじゃ。わしがピンチに陥った時は必ず助けてくれた。わしが人としての道を外しそうになったら、すぐに正しい道に引き戻してくれた」
「おぬしがいたからこそわしはここまでやってこれたんじゃ・・・・」
ここまでの人生を振り返ると、目頭が熱くなり自然と涙がこぼれ落ちた。マー君はそれ以上多くは語らず、わしの肩を抱き「ここまで本当によく頑張った」と言った。
「おやじ、専務。2人共、なに泣いてるんだよ!!」
しばらくすると息子の達也が大勢の社員を引き連れ、お見舞いに病室を訪ねてくれた。
「泣いてなどないわい!!」
服の袖で涙をぬぐう わしを見て病室は笑いに包まれた。
巡回のために、病室を訪れてくれた看護師さんは「いつも、この部屋はにぎやかですね。きっと、素敵なことをいっぱいされてきた人生だったのでしょうね」と言ってくれたことは本当に嬉しかった。
その日の就寝の時間が近づくと、面会に訪れてくれた人たちも帰宅している。
わしは部屋のいたる所に置いている、はげましの言葉があふれんばかりに書いてある色紙を眺めながら、自分の人生について思い返した。
小学校で起こったこと。
中学生高校生そして大学時代。
社会に出てがむしゃらに働いた。
自分が1代で起こした会社は今ではたくさんの社員を抱える上場企業だ。
お金もいっぱい手に入れたが、それよりもわしの大切な財産は家族や友人だ。
大切な人に囲まれ後悔のない人生を送ることができたわしは、はっきりと“幸せな人生を送ってきた”と言い切れる。
わしの人生も、そろそろ終わりじゃのう・・・・
いろいろと蓄積してきた人生についてのノウハウは絶対に役立つものばかりじゃ・・・
誰か、ワシの思いを引き継いで役立ててくれる者はいないかのう・・・
「いるよ!!」
暖かい空気が周りに流れた。
この懐かしい感覚、心地よい感覚、ワクワクする感覚!!
「あー懐かしい!!」
「久しぶりだね、りょうちゃん!!」
「やっぱりミーサーか!!」
「会えなくなって何十年経つかなぁ。わしはあれから頑張ったんだ。立派な大人になったぞ!!」
「すごいね、本当によく頑張ったよ。だから、りょうちゃんさえ良ければ僕がさっき言ってた夢を叶えてあげようと思うんだけどどう?」
「ミーサー、本当かい?是非お願いしたいよ」
「じゃあ明日のこの時間に、深い悩みを抱えている子供を連れてくるよ」
「子供を?」
「そうだよ。でもそこで注意して欲しいことが2つあるんだ。1つは僕と初めて会ったように接すること。そしてもう1つはその子がりょうちゃんの言葉を参考にしながら、自分で自分の人生の最後の決断をすること。どうだろう、できるかな?」
「大丈夫!!できるよ、ミーサー!!」
そう言ってわしの前から“ふわっ”と消えていったミーサーは約束通り次の日、わしの所に小さな男の子を連れてきた。
わしは百戦錬磨の起業家だ。
顔さえ見れば、人の能力は手に取るように分かる。
今 わしの目の前に現れた小さな男の子は、なにか大きな悩みを抱えているようだったが、瞳の奥の強い眼光はこれから起こりえる様々な困難を、見事に跳ね除けてしまうような力を秘めていることはすぐに分かった。
「お、おじいちゃん??」
男の子は、消極的なのか恥ずかしそうにわしに話しかけてきた。
「ん? だれじゃ?」
「僕は、過去から来た子供の頃のおじいちゃんだよ」
そんな馬鹿な・・・・
でも、よく見ると面影がある・・・・
「本当かい?本当に君は子供の頃のわしかい?」
「そうだよ!! 信じられないと思うけどおじいちゃんが言う通りだよ」
そうか!! そういう事じゃったのか!!
数十年前、確かにわしはミーサーに頼んでここに来た!!
そうじゃった、そうじゃった!!
ここからわしの人生は大きく動き出したんじゃ!!
そう思うと、なんだかたまらない気持ちになり、思わずベッドから飛び起きその男の子を強く抱きしめた。
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数日後、わしはベッドに寝転び、窓の外に見えるオレンジ色をしたきれいな夕日を見つめていた。
わしのベッドの周りには、息子や娘、孫たちが談笑している。
「おじいちゃん、なんか今日はうれしそうだね!!」
そう声をかけてくる孫の頭をなでながら、ここにいるすべての家族の幸せを願った。
静かに目を閉じると、これまでのわしの人生が走馬灯のようによみがえる。
マー君との出会い。
裏山にクワガタを取りに行ったこと。
美月と出会い淡い青春を過ごした後、結婚して幸せに暮らしたこと。
会社の倒産の危機とその後の発展。
人の喜ぶことをするという強い信念を持って生きてきたこと。
そしてここにいる息子や娘、孫に囲まれた幸せな人生を歩んできたこと。
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とても濃い人生だった。
そういえば、ミーサーにお礼を言うのを忘れてた・・・
目を開けると、ミーサーがわしのベッドのわきに座っている。時間が止まっているのか、まわりにいる家族は誰もミーサーに気付いていない。
「ミーサー、今まで本当にありがとう。君がいないときっとわしは今のような幸せな人生を歩むことができなかったよ」
「アハハ!!やっと分ったかい!!僕は偉大な神様なんだ!!」
わし達は大笑いをした。
「ミーサー、わしはもう長くはなさそうじゃ。だからりょうちゃんに会うことはもうできないようじゃ。この前会った時に“言葉の力”の話をしたと思うんじゃが、その結論はまだ伝えてなかったのう。ミーサーこれが最後の頼みじゃ。すまぬが今から言うことを遺言としてりょうちゃんに伝えてくれないか!!」
「うん!!分かった」
わしからの最後の遺言をミーサーに託すと、ミーサーは“ふわっ”と消えて行った。
ふたたび時間が動き出すと、娘がわしの手を握ってくれた。
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これでもうこの世でやり残すことはなさそうじゃ・・・
わしは静かに目をつむった。
「あなた、そろそろ時間ですよ。行きましょうか・・・」
そこには美月が立っていた。
「そうじゃのう。行くとするか!!」
美月はわしの手をやさしく握り、ゆっくりと歩きはじめた。
「おじいちゃーん、おばあちゃーん!!」
遠くから、かわいい孫の声が聞こえる。
「美月、振り返ってごらん。子供たちと孫が手を振ってるぞ!!」
わしは大きく息を吸い込んだ。
そして、大声で叫んだ。
「とても満足した人生だった。もうこの世にくいはない!!」
わしは、子供たちにガッツポーズをしていた。
おわり
