真実とは一体何か?




それは、そこにあったのは




「ただ在る」、、、







それだけでした。







そして、静寂、、。







私は今まで何を見てきたんだろう?






と思いました。
   



しかし、私は






初めの覚醒をしたとき、

  




自分の影を見てきたんだ、、




と思いました。




しかし、真実はそうじゃないのです。




影をみてきたのは、



私の影でもあるし、そうではないのです。




なぜなら、私は「光の存在」なんだと言うことに気づいたのです。



光に映し出されるのは「 影」。



しかし、私は影ではなかった。



あなたが光だから、影が見えるのです。




私が言えるのは、全てを疑うことです。




神を信じてはいけません。





見えない世界を信じてはいけません。




魂さえ疑ってもいい。








では、人は一体何を信じれば良いのか、、、?




「自分」です。






自分だけを信じて下さい。




内なる神をも信じないで下さい。(信じたいけどね、、)




委ねないで下さい。




もちろん寄り道してもいいです。







それを、あなたが「知りたい」のなら。







良いでしょうか、、?




神をも信じてはいけません。




神が喜ぶ生き方をしてはいけません。






あなたが喜ぶ生き方をすれば良いのです。







神が真実を教えてくれるのではありません。







信じるものは「あなた」。







ただそれだけでいいのです。








私は宇宙そのものだと言いました。






しかし、真実は移り変わっていくのです。






宇宙をも信じてはいけません。






真実は、あなたの手に委ねられているのです。






積み上げてきたものを一度全部壊して下さい。







創造と再生と破壊を繰り返すのです。







そして、見えない世界とは実体のないもの。






実体がないものは常に移り変わってゆくのです。





真実はあなたの中にしかありません。






神秘体験にも至高体験にも踊らされてはいけません。




真実を知るものには形は必要ないのです。





だから、私には神秘体験がないと嘆く必要がないのです。






それは、あなたに見せる必要がないほど、熟知為ていると言うことなのです。


  



生かされてる事に喜ぶ必要も嘆く必要もありません。






なざなら、あなたはそれを選ぶ権利があるのです。




振り回されても、おどらされてもいけません。







あなたの師匠をも疑っていいのです。







なぜなら、答えはあなたがしっているからです。






真実の愛は、愛でいる、、、愛で居続けることでした。




しかし、あなたも私も自由なのです。




どうぞ、好きにいきて下さい。






しあわせになりたいなら、




幸せから学ぶとシンプルに意図して下さい。





苦しみを終わらせて下さい。







もう苦しみから学ばなくてもいいのです。







私がいま言える真実はこのくらいです。





宇宙も神も愛ではないのかもしれません。



いや、それが愛だったのかもしれない。






なぜなら、あなたが「愛のもの」なのですから。










では、また。