まよなかのゆりかごより -7ページ目

甘い甘い卵焼き、その4

ぱそこのご機嫌がようやく治ってきたので、女の子ツナのお話、続きを載せます。今回で無事エンディング。








甘い甘い卵焼き その4








「獄寺? いるけど――代わりますか?」
「いや、いい。獄寺に伝えてくれ。雲雀が到着したぞ」
「雲雀が? あいつ、日本からシチリアに来てんですか? どうして――」
「俺が呼んだんだ」
 トレーニングマシンから離れ、獄寺も内線電話へ近づいてきた。
「十代目のスケジュールを全部キャンセルしたからな。代わりにおまえに、ローマで政府の役人と秘密裏に会談してきてもらう。クロームが同行する。向こうさんのご指名だ。そのあと芝生アタマと合流して、モロッコへ行け。例の武器密売ルートの視察だ。おまえと芝生が行く予定だったロシアンマフィアの人身売買組織の殲滅は、リボーンさんに行ってもらう」
 ああ、たしかそんなふうに変更されてたな。密売ルートの視察はもともと、ツナがリボーンとふたりで行く予定になっていた。
 世界中から年端もいかない子どもをさらってきては、変態野郎相手の売春組織や少年兵士を育てる非合法部隊に売り飛ばす、えげつない人間市場にツナを飛び込ませるよりは、油まみれの密造銃工場で空き缶を的にした射撃実験を見てたほうがまだマシだろうという、獄寺らしい判断だ。
 俺はロシアンマフィア相手のままでも良かったんだが。子どもを食い物にするような外道どもの首を落とすことに、俺はもはや何の抵抗もない。
 だが、役人のおっさんはさぞかしがっかりするだろう。会談の同席者を霧の守護者と指定してきた点からも、下心は丸見えだ。噂に高い美少女マフィア――俺たち東洋人は欧米人の目には、二十歳を過ぎても初々しいティーンエイジャーのように映るらしい。ましてツナは日本人としてもやや小柄だ――と差し向かいでランチが食えると楽しみにしていたら、代わりに物騒な人斬り侍が現れるんだからな。獄寺もそうだが、俺はイタリアの公安関係にむちゃくちゃ評判が悪い。獄寺のヤツ、それも狙って俺にこの代役を回してきたんじゃねえだろうな。
「俺はソマリア沖の海賊の親玉と人質交換の交渉をしに行かなくちゃならねえ。そうなると、本部は空っぽになっちまう。十代目がお休みになってる時に、まさか本部の守りがランボひとりきりってわけにはいかねえだろ」
「それで雲雀を呼びつけたのか」
 雲雀がおとなしく留守番してくれるようなタマじゃないことは、獄寺も良くわかっているはずだ。だが、臆面もなく賄賂ばかり要求する不正役人なんぞと雲雀を会談させたら、楽しいランチタイムがたちまち地獄絵図だ。
「芝生、すぐ戻る。雲雀には執務室で待ってるように……」
「いや、おまえがそこで待て。もう雲雀がそっちへ向かったぞ」
「いっ!?」
「気をつけろ。雲雀のヤツ、そうとう虫の居所が悪いぞ」
 笹川兄の忠告は間に合わなかった。
 俺たちの背後で、どがしゃッとすさまじい音が響いた。自動ドアが開くのも待ちきれず、強化ガラスのドアを雲雀が蹴り上げたのだ。
「僕をわざわざシチリアくんだりまで呼びつけるとは、良い度胸だね、獄寺」
 奇麗な顔に似合わない、低くドスの効いた声で雲雀が言った。
 ぱっと見、いつもとたいして変わらないように見えるが、眼が完全に据わっていやがる。たしかにこれは相当やばい。
 状況を説明しようとした獄寺も、思わず息を呑み、言葉をなくしてしまった。
 手にしたアタッシュケースをどかッと床に置き、雲雀はゆっくりとジムの中へ入ってきた。
「沢田の体調が悪いというのは、聞いたよ。それは仕方ないさ、誰だって具合の悪い時くらいある。ましてあの子は女の子なんだしね。だけど――」
 雲雀の切れ長の眼が、紫がかったひどく剣呑な光を宿し、ぎろりと俺たちを睨み据えた。
「沢田がちょっと寝込んだだけで、本部の警備が手薄になるって、どういうこと? きみらはいつも、あの子ひとりにそんなに負担をかけてるの!?」
「俺が十代目にそんなご無理をさせるわけねえだろ! 今回はたまたまだ!」
「ふーん、たまたまね。そのたまたまに、僕の手を煩わせるほどの理由があると言うなら聞こうじゃないか。だけど、事と次第によっては……」
 雲雀の手に、マジックのようにヤツの得物、仕込みトンファーが現れた。打撃専用の近接武器だが、底に仕込んだ分銅鎖を振り出せば、俺の時雨金時よりリーチが長くなる。その破壊力は……決して身をもっては知りたくない。
 やつが軽く腕を一振りする。ひゅ、と物騒な風切り音がした。
「お、落ち着け、雲雀! 話を聞くって言ったろ、おまえ!」
「咬み殺す」
 中坊のころからさんざん聞かされてきた雲雀の決め台詞は、俺と獄寺にはおのれの生命のテンカウントのように聞こえた。
 ――ボンゴレⅩ世最強の守護者の称号は、やはり伊達じゃなかった。
「あいつはがっちり武装して、こっちゃあふたりとも素手だったんだぞ! はなっから勝負にならねーだろがッ!!」





 一週間後。
 モロッコからカイロ、北アフリカ各地を足早に回り、ようやくパレルモに戻ってきた俺を、なぜか大量の真空パックされた油揚げが待っていた。
「で、どうだったの? 山本」
「ああ。ルートを仕切ってるのは、やはり元は反政府ゲリラだった連中だ。密造銃はだいたいが、治安維持部隊が使ってたヨーロッパ製のやつのコピーだったな。性能も悪くはなかった」
「そうかぁ。国際社会の介入で、もう内戦を続けられなくなっちゃったから、ゲリラから武器商人に商売替えしたってわけだね。ほかに外貨を稼ぐ手段がなかったのかなぁ。ま、めったやたらと麻薬を輸出されるよりは、まだマシかもね」
「俺たちが取引するかどうかは、もう少し様子を見てからだな。とりあえず、武器を売る時はよく相手を確認しろとだけ、念押ししてきたぞ。道理もわからんようなガキや狂信者連中に殺傷力の高い武器をばらまかれちゃ、たまらんからな」
「わかりました。ふたりともありがとう、ご苦労さま」
 ボンゴレ本部の執務室で俺と笹川兄とを出迎えたツナは、まだ本調子ではないものの、ようやくあの人懐っこい笑顔を取り戻していた。
 その足下では、キャラメルタフィみたいな色をしたもこもこの仔猫が、クローム髑髏に投げてもらった自分よりもでかい毛糸玉にじゃれついて遊んでいる。
「ツナ。その猫……」
「この子? 雲雀さんが連れてきたんだ。このあいだ、本部に来る途中で道ばたに捨てられてるのを見つけちゃったんだって」
 へー、本部に来る途中、な。
 シチリア島北部の港からこの本部に来る時は、幹部用のリムジンに乗ってたんじゃねえのか、あいつ。ハイウェイをぶっとばしてくるリムジンの後部座席から、一匹の捨て猫が見えたわけだ、雲雀には。すげえ目玉もあったもんだ。
「でも雲雀さん、日本にこの子を連れて帰るわけにはいかなくて。ほら、動物を飛行機に乗せるのって、検疫とかいろいろ大変でしょ。だから、引き取り手が見つかるまで、とりあえずここに置いてくれって頼まれたんだ」
「雲雀はああ見えて、鳥だの猫だのちッこい生き物が好きだからなあ」
 暢気に笹川兄が相づちを打った。クロームも無邪気にうなずく。
 そんなはずあるか。見たところ栄養状態もいいようだし、この猫はわざわざ雲雀がペットショップで買ってきたんだよ、ツナのために。
 獄寺も同じことを察しているのか、眉間にくっきりと縦じわを寄せている。
 自分で毛糸にからまったくせに、にぃにぃと世にも哀れな声で助けを求めているこの仔猫が、殺伐とした日々を送るドナ・ボンゴレにとって、ささやかな慰めになっているのは間違いない。ツナが喜ぶなら獄寺は、虎だろうがワニだろうがナウマン象だろうが、目をつぶるだろう。
 が、獄寺はこの手の小動物とすこぶる相性が悪い。すでに獄寺の手には、いくつものひっかき傷ができていた。
「それで、俺の部屋に届いてた、あの大量の油揚げは何なんだ?」
「ああ、ごめん! 言ってなかったね、山本。あれ、私が雲雀さんに頼んだの」
「ツナが?」
「うん。寝込んでた時、雲雀さんがなにか食べたいものはあるかって訊くから、私、おいなりさんが食べたいって言ったんだ。そしたら雲雀さんが、日本から取り寄せてくれたの」
 ――つまり、あれで俺に稲荷寿司を作れってことか。
 さすがに雲雀も、できあがった稲荷寿司をツナに届けてやることは無理だったらしい。
「わかった。夕食には間に合わせる」
「ありがと、山本。ついでに、あの卵焼きも食べたいなあ」
「Si,Boss。仰せのままに」
 おまえが喜んでくれるなら、稲荷寿司だろうが卵焼きだろうが、いくらでも作ってやるさ。
「おお、今夜は久しぶりに山本の寿司が食えるのか。そいつはいいな。なら俺も、とっときの『天狗舞』を出すぞ。寿司にはやっぱり日本酒だからな」
 笹川兄が秘蔵の純米酒をって――それってまさか、にぎり寿司まで作れってことか?
 我らがボンゴレⅩ世は期待に眼をきらきらさせ、身を乗り出して俺を見ている。
「リボーンも今夜には本部に到着するって連絡があったし。そうだ、ランボも呼ぼう。フゥ太もね! コロネロとラル・ミルチにも連絡つくかなあ!」
「犬と千種も呼んでいい? ふたりとも今、シチリアに来てるの」
「雲雀のやつ、もったいないことをしたなあ。あと一日出発を延ばせば、うまいものが食えたのに」
 今夜は大宴会になりそうだ。さて、俺はいったい何人前の寿司を握ればいいのか。
「じゃあ私がオードヴルを作るわね」
「あ、姉貴……ッ」
 ビアンキの手料理と聞いただけで、獄寺が真っ青になった。
「ほかに食いたいものはあるか、ツナ」
 あれが食いたいこれがいい、あいつも呼べこいつも呼べと勝手に盛り上がり始めた連中をよけ、俺はツナのそばへ歩み寄った。執務机のすぐ近くまで行かないと、もうツナのリクエストが聞き取れない。
「うーんとね、茶碗蒸しと海苔巻きと――あ、太巻きね。デザートは抹茶アイスがいいな」
 食べたいものを指折り数えあげていたツナが、ふとその手をとめた。
「ツナ?」
「こんなこと、前にもあったよね。山本の家のお寿司屋さんにみんなで集まってさ」
 ツナはゆっくりと、包み込むようなまなざしで執務室に集まった仲間たちを眺めていた。
「ああ、そうだな」
「京子ちゃんもハルも花ちゃんも、イーピンも……、うちのお母さんもいたよね。山本のおじさんがお寿司握ってくれて」
 このボンゴレリングを手に入れた時のことだ。表向きはランボの退院祝いとか言っていたが、リング争奪戦の祝勝会で大騒ぎをしたっけな。
「あの時、私、ほんとにうれしかった」
 ぽつりとツナが言った。
「闘いに勝ったとか、リングを手に入れたとか、そんなのほんとはどうでも良くて――みんながいることが、すごくうれしかった。あんなに怖いことがあったのに、誰も失わずに済んだ。誰も……」
 あの闘いを乗り越えて、俺たちは『ファミリー』になった。生まれながらの家族よりはるかに強い、血の絆で結ばれた誇り高きファミリーに。
「今だって、みんな揃ってるだろ」
「うん」
 小さく、ツナはうなずいた。
 誰も欠けてない。おまえの大切なファミリーは、ドナ・ボンゴレの空のもと、ひとつに結ばれている。
「ごめんね、山本。その中にはやっぱり、山本もいないと駄目なんだ……。みんな、ひとりでも失いたくない。誰がいなくなっても、だめなの」
「ツナ」
「私、山本にひどいこと言ったよね。なのに――ごめん。私、こんなに欲張りだ……」
 執務机の上に置かれた手が、かすかにふるえていた。
 その手に、俺は自分の手を重ねた。
 あったかい、小さな、けれど誰よりも強い手。この手に触れた命を必ず守り抜くと、誓った手。
 おまえはどれほど欲張りでもいいんだ。それはただ、仲間を護りたい、命を守りたいと願う、祈りにも似たささやかな当たり前の願いでしかないのだから。
「ここにいるさ。ずっとな」
 ずっと、おまえのそばに。
 この時を、みんなといっしょに過ごすこの日常を、おまえがなによりも護りたいと願うなら。
 俺が護るさ。
 そのために、俺はここにいる。
 俺の背に刻んだ龍。西洋では竜は悪魔の化身でしかないが、東洋の龍は雨をつかさどる水と豊穣の神だ。
 ツナ。俺の大空。おまえが望むなら、俺はどんな苦しみも悲しみも洗い流す、雨になる。
「ありがとう、山本」
 小さな手が、そっと俺の手を握り返してきた。
 ツナの優しい体温が、つないだ手から静かに流れ込んでくるような気がした。
 このぬくもりが、俺の罪をすべて洗い清めてくれるわけではないけれど。
 こんな瞬間がなによりも幸福なのだと、ただこの時のために俺は生きていると、そんなことを言ったら、おまえは呆れて笑うだろうか。
 窓の外には、暮れなずむ空のもと、卵焼きみたいな色をしたシチリアの月が静かに微笑んでいた。






                                            -La Fine-








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このブログの横っちょに、ツイッターを表示させてみました。

パソコンセミナーの授業の一環として取得したツイッターアカウントだけど、

せっかくだから利用してみようかな、と。


ブログに小品UPしたときなんか、サイトを登録してる検索サーチに更新報告すんの、ちょっと気が引けてたんだ。ブログ記事なのにいちいちサイト更新!てやっちゃっていいのかなって。


でも、このツイッターでぼそぼそつぶやけば、簡単なお知らせになるよね。

ブログに小品追加した時は、きっとこの方法でお知らせすると思います。


あー、そういやあ「たまごやき」の続き、早くUPしないとなあ。

いや、原稿は全文書きあがってるの。でも家のぱそこがなんか機嫌悪くって。

ここんとこずっとゲリラ豪雨とかで、雷が続いてるせいかなあ。

ADSLが安定しないんだよね。

実はこのブログ記事も、セミナーの休み時間に教室のぱそこから書き込んでいます。

大丈夫、せんせにはちゃんと許可もらってるから♪

コミックスの一気買い

昨日はジャンプコミックスの新刊発売日。

わんぴとぶりちとりぼんを一気に買いました。


わんぴ……オトヒメ王妃の涙に、思わずもらい泣き。

表紙集中連載じゃ、おおお、シロップ村のおばか3人組、かっこよくなってんじゃん!

そりゃそうか、もう3年近くたってるんだもんな。

みんな、自分の野望のためにがんばってるんだよな。


ぶりちはなんか、ジャンプ掲載の順番がどんどん下がってきていて、心配。


ほんでもって、とうとう我慢できずに

昴MOONを一気に買い揃えました。


で――次巻予告に「最終」って、どーゆーこと!?

まさかもうおしまいなの!?

かなり気になってます。

買いました。第一期、1巻から11巻までまとめ買い。

良く行くお店で、中古コミックスセット売りが2割引サービスデイだったので。


いやー、待った待った。

2割引サービスデイ、日にちが決まってないもんだからさ。

今まではけっこう月のアタマのほうで、

気がついた時には終わってたってのがたびたび。

そのたびに、昴のセットが売れてないか確かめて。

次のサービスデイはいつなのか、焦れ焦れしながら待ってさ。

ようやく本日ゲットしました。


この作品を読むと、

私もモチベーションがあがります。


次はMOONかな。

でも、コミックスの大人買いは月に一度にとどめておかなくちゃな。

お試し読みコーナー作りました

「のべぷろ」で有料ダウンロード公開している作品の、試し読みコーナーを作ってみました。


「雨のように雪のように」

「あたしとあいつのエトセトラ」

「お兄ちゃんはスゴイらしい」


とりあえず、上記3作品から。


「あたしとあいつのエトセトラ」はほぼ一年ぶりの完全書き下ろしです。

「お兄ちゃんはスゴイらしい」は、以前サイトで公開していたものを全面改稿いたしました。とくに後半部分はほとんど書き直しています。


お試し読みでお気に召しましたら、有料作品もどうぞよろしく♪