全力少年のブログ~Season2~

全力少年のブログ~Season2~

生きてる気がした気持ち、それがすべてだ

Amebaでブログを始めよう!

これで「卒業編」終わりです!


ちなみにブログはこれからも続けていく予定なので暇だったら見てやってください。



あとなんか区切りがいい感じなのでホントは3月いっぱいで終わりの予定だったんですが。

この記事をもって「全力少年のブログ~Season2~」は完結とさせていただきます。

まだ記事は書いてませんがもう三代目のブログは創ったので、今後は

http://ameblo.jp/fullpowerboy/

でよろしくお願いします。



アメーバ

ってな感じで3月15日に無事高校を卒業しましたクラッカー



でもうちの高校の卒業式はいたって普通でほとんどが式辞。



感動したのは「旅立ちの日に」の合唱くらいで・・。


他は眠くて寝てるときもあった。



それにしても「旅立ちの日に」は本当にいい歌だね。。


高校時代が走馬灯のように流れて行きましたよ。



まぁ泣くまではいかなかったが。



そのあとはHRがあって卒業証書とか思い出の品々をもらった。



んで恒例の陸部の集まりがあって花束と寄せ書きをもらった。


寄せ書きがいつものと違って、いろんな写真が入っててすっげぇよかった。

俺はいい後輩をもったよ・・(泣)。



そのあとはFで打ち上げ!

まぁといってもいつも通りの打ち上げだったけどね(笑)。



んで地震の影響があったから健全に9時に解散。



といっても特になく、普通に解散した。



とまぁこんな感じでとにかく卒業と言っても「普通」だったんだよね(笑)。



3月は学校も3回しか登校日なかったし、なんか実感ZEROなんだよなぁ~。



まぁこんなもんか。



まぁなんだかんだ言ってたけどこの3年間楽しかった。



なんか信じられなくらい中学校より大変なことばかりで、信じられないくらい病んで、悩んだけどこんな楽しいことがあってこんなにたくさんの思い出ができるなんて思わなかった。



本当に一生レベルの思い出がたくさんできたし、考えたことがあって、学んだことがあって、大切なものをたくさん手に入れた。



うちの高校の人たちは勉強ができるのはもちろんなんだけど人間としてしっかりしてる人がホントに多くて、「すごいなぁ」って思うことばっかで、だからそんなみんなと自分をつい対比して堕ち込んでばかりだった。



俺の友達もいい人ばっかで、すっげぇ仲良くしてくれて、楽しい思い出もたくさんできた。


そんな大切な仲間ばっかりなのに迷惑をかけてしまったり、感謝の気持ちを伝えられなかったり、大切なはずなのに傷つけてしまったり、嫌な思いをさせてしまったりして嫌になった。



自分の駄目な部分とかいい加減だった部分がこの高校生生活で本当に浮き彫りになって、「自分ってこんなに駄目な人間だったんだ」ってひたすら堕ち込んで。



自分の性格も本当に嫌になった。人と話すのはうまくないし、コミュニケーションも苦手。思ったことを口にできないし、ビビりだし、できないくせに無駄にプライドが高い。



変なことばっか無駄に考えるし、極度のマイナス思考だし、無駄に完璧主義で、めんどくさがり屋。



病んでた時期はひたすら自分のことを嫌いになっていくだけだったなぁ。



でも今は昔より立ち直なおるのも速くなったし、マイナスをプラスにしようと前より思えるようになった。



仲間や大切な人を大切にできなくて悩んだり、苦しんだけど、仲間や大切な人がいたから頑張ろうって思えた。


そんな仲間たちとの「かけがえのない一瞬」があるからどんなにつらくても頑張っていけるんだな。



っていう歌詞がWEAVERの「僕らの永遠」にあった。

あれ文化祭の映画のエンディングテーマにしたけどマジいい歌だね。

俺の高校時代で一番好きだった歌はこれだな。



学校もめんどうなことばっかだったし、勉強もめんどかったし、とにかくめんどうなこととか謎の行事とかしきたりとかあったけど今となってはいい思い出だなぁ。



ボロかったロッカーも、ボロい校舎も、たまに動かない冷水機も、くっさい更衣室も、狭い校庭も、つらかった階段も、コロコロかわる教室の椅子も、眠かった授業も、さんざん苦しめられた数学の問題集も、謎の縄跳びの授業も、極限につまんなかった物理の授業も、鳩がいた体育館も、毎回震えながら入ったプールも、ボロボロになった定期考査も、ボロボロでなぜか「女子更衣室」だった陸部の部室も、陸部の顧問の先生につかまった頭髪指導も、死にそうになって泳いだプールの補講も、常連だった古典&数学の補習も、ネクステの追試も、寒かったクーラーも、眠かったサテライトも、地獄を見た合唱コンも、全敗した剣道大会も、重くて大嫌いで2回ねん挫した館履きも、友達や先輩と行ったコンビニも、デカすぎるキングパフェも、悲劇の水泳大会も、謎の生徒会選挙も、みんなでつくったつまらなさすぎる映画(1年次)も、何回も記念写真を撮った教室も、みんなで肩組んで校歌を歌った校庭も、笑いながらいろんな話をしたホールも、みんなで盛り上がった後夜祭も、一晩中語った修学旅行も、グダグダだったFの打ち上げも、友達との喧嘩も。



ささいなことからおおきいことまで今となっては全部いい思い出。



嫌なこととかトラウマとか、まだ思い出にならない、できない事とか清算できてない事もやっぱりまだ卒業した今でもあるけどいつかみんな思い出になって笑って話せる日が来るといいなぁ。



まぁ俺みたいな人間はこんくらい一回徹底的にたたかれて辛い想いした方がよかったんだな。

俺は本当に自分に甘いから。



「恋愛や友達との清算できない切り傷があれど 手に入れたその優しさは痛みをわかった君の一生モノ」ってことだな。


ベボベの最強の卒業ソング「若者のゆくえ」の歌詞だけどホントにいい歌詞だなぁ(笑)。

みなさんもぜひ聞いてみてください。



高校だからもう2度と逢わない人もいるかもしれないし、仲いい人でももうあんまり逢うこともないかもしれない。


あんなに何事もなく毎日顔合わせて、一緒に授業受けてたのに、もう逢わないと思うと、あんまり仲良くなかった人も、全然話さなかった人にも、もう逢わないのか。と思うとホントに淋しいです。



結局「淋しいな」とか「いい思い出だな」って思うのは全部終わって卒業してからなんだよね。

その時その時はそんなことも思わないし想えないし、だから難しいんだよなぁ。



ホントこの3年間変なことばっか考えて、不安になって、無駄に意地張って、自分のこと守るので精一杯で、わかんないことだらけで、後悔もいっぱいしたけどそれはそれでよかったのかな。


「高校生」っていうとドラマとか漫画の影響なのか華やかなイメージばっかだけど、実際あんな華やかじゃないし、これといったこともない、普通の日々ばっか。


でも、ドラマとか漫画とかみたいなことは一つもなかったけど、それ以上のいい想いたくさんした気がするな。



まさに「何もなくすべてがあった日々」だったんだよなぁ。

ってのはベボベの歌詞だけど。ホントいい歌だな「若者のゆくえ」。



ホントいろいろあったけど結果的に「この高校行ってよかった」って今思えてるってことはよかった。

ってことだよな。



こんな俺と仲良くしてくれたみんな本当にありがとう。


そんな仲間たちが僕に送ってくれたメッセージの一部を紹介したいと思います。



「茶髪が似合う全力少年だった」

→「ありがとう」


「東京マラソンで入賞してくれ~」

→「ごめん、たぶん無理だ(笑)」


「生粋のブロガーになってください」

→「これからもブログ書きます」


「サワーズグミは顎が痛くなると思います。果汁グミが一番好きです」

→「俺も果汁グミが一番好きです」


「あなたは特別なおじいさん」

→「あなたも特別なおじいさん」



まぁブログに書けるのはこのくらいかなあせる



寄せ書き見ると「友達っていいな」と思いますよ。

ホントにみんなが友達でよかった。



そしてこの3年間で迷惑をかけたり嫌な思いをさせてしまった人は本当にごめんなさい。



卒業はしたけれど、うちの高校は上下のつながりが強い高校で、陸部もホントに先輩とのつながりが強い部活なので、時々学校に行ったり、部活にも参加できたらいいなぁと思います。



まぁお別れっていってもそんな

「お別れ」じゃないしな!(よくわかんねぇな)



最後になりましたがこの3年間、こんな俺と仲良くしてくれた学年、クラスのみんな、陸上部のみんな、お世話になった先生方。いろいろなことを教えて下さったり、いろいろなところに連れて行って下さった先輩方。そして支え続けてくれた家族のみんな。



本当にお世話になりました。


これからも仲良くしてくれるとうれしいです。



そしてまた逢える日を心から楽しみにしています。



そして高校のみんな



卒業おめでとう。



今日のタイトルは嵐の

「Step and GO」のサクラップから。



またいつかこの交点の先で逢いましょう。



これからも元気で。



2011年3月20日 

全力少年





アメーバ





こうして俺の高校生活は終わった



この記事は陸上以外のこと~


アメーバ


陸上を引退して2日後に期末試験があった。


なので撃沈した。


で、7月は燃え尽きて夏休みに入って受験勉強が始まった感じ。


でも8月の半ばに進路大変更。


国公立をやめて私立に。


そんなこんなのうちに夏休みが終了。


運動会が始まった。


今度はタメが団長団。


タメが団長団になって団長団のすごさとかっこよさがよくわかった(笑)。


去年の運動会は団に知り合いが少なくて、他にも嫌なことがあって「今年の運動会は楽しめない」と思ったけど練習してくうちにやっぱ楽しくなってきて結果的には去年の運動会が3年間で一番楽しかった。


で、問題の文化祭(笑)。


有志をやるはいいけど内容決まんないし、映画になったはいいけど脚本浮かばないし、撮影始めたはいいけどなんかみんなノリ気じゃないし、時間はないし・・・。


ホント大変だったよヽ(;´Д`)ノ


今みてもあの映画は編集がヌケてるとこが多くて、ホントに時間ないなか創った感MAXで恥ずかしいですあせる


でもいざ当日を終えると意外と評判がよくて、陸部の親御さんの中には泣いている人もいてビックリあせる

先輩も隠してたみたいだけど泣いてくれたみたいでよかったです。

3日徹夜した甲斐があったよ!


Tシャツまで作って(というか作って貰ったのだが)いい思い出になりました。


んで文化祭が終わって、学校行事が卒業式を残して全部終わったから完全に受験のみの生活に。


今まで勉強を全然してなかったからか、自分の勉強法とかが定着してなくて成績がやっと伸び始めたのが11月くらい。


12月くらいにはなんとか第2志望まではB判定が出るようになった。


で、あっという間に2010年が過ぎて2011年に。


あっという間にセンターがあってその後は私立の入試。


勉強しかなかったから書くことがないんだが・・。


んで2月20日に第一志望の試験があって受験が終了。


まぁ進路のことはまた完璧に決まったら書きます。


で、ニートみたいな生活をして遂に卒業がやってきたと。


アメーバ


ってことで次の記事でまとめにします走る人

この記事は3年生編です。


アメーバ


3年生になって2コ下の一年が入ってきた。


しかも今年の一年は異例の大人数でなんとうちの高校で3番目に多い新入部者数となり三大勢力に昇格(笑)。(いや、昇格はしていないが)


んですぐにインターハイ予選が来た。


俺にとっては最後の1500mではなかったし、引退試合でもなかったけど、やっぱり支部が一番大きな大会だから、「これが最後」って感じだった。


結果的に支部では高校3年間で一番いいタイムを出すことが出来た。


4月の初めの春季は4分36秒だったのに支部では4分29秒。

支部前最後の大会から7秒も上がった。


はっきり言って信じられないタイムだった。


しかも20秒代がでるなんて思わなかった。

だから泣きまくった(笑)。


で、少しでも長く陸部にいて陸上がやりたかったから学年末まで残る決意をした。


でもなんか1500でベストが出たからかなかなかモチベーションが上がらなくて、タイムも伸び悩んだ。

やっぱり支部前と同じくらいのモチベをもつなんて無理だった。


だから学年末前の品川区民で引退しようかと思ったけどどうしてもなんかモヤモヤしちゃってやっぱり学年末まで残ることにした。


1500はなかったけど5000があったから5000で都選抜を目指すことにした。


結果的に当日のレースは胸が痛くなってしまって死にそうになって走って、タイムもベストどころかベストより1分くらい遅くなってしまった。


でもホントに「もう走れない」ってくらい走って、全部出し切れて、後悔もなく綺麗に引退できたと思う。


5000もあんなにボロボロだったのにみんな最後まで応援してくれて、12周もあるのにずっと見ててくれて、応援してくれて、俺は本当にうれしかった。


本当にこの部活に入ってみんなと陸上ができてよかった。って思った。

たぶんこんなに陸上が好きになれたのはこの仲間で陸上ができたからだと思う。


なんかよくドラマとかで陸上以外もあると思うけど最後の一番つらい時に「がんばれ!!」って応援するとめっちゃ頑張る人がいるじゃん(よくわかんねぇな)。


あれって本当に頑張れるんだよね。

ていうかあれがあるから頑張れる。

いや、もしかしたらあれがなければ頑張れないかも(笑)。


だから「ひとりじゃ走れない」なんだよなぁ。

「陸上は個人競技じゃない」っていうのがよくわかった気がする。


しかも応援してくれる人が大切な仲間たちだったら余計頑張れる。

応援してくれてるみんなのために頑張ろうって思える。


なんかそういうのがいいなぁと思ったから陸上が好きになった。


それに走っているときはいろんなしがらみとかモヤモヤとか全部吹っ飛んで、ただ純粋に頑張ることができて、予想以上のタイムが出ると「俺ってこんなに頑張れるんだ」ってビックリできて、強くなれた気がするし、自信がつく。


それで「もっと強くなりたい」と思って「もっと速くなりたい」って思った。


俺を応援してくれた人たちには本当に感謝してます。

ありがとう。


特に最後の5000は美咲と裕梨がめっちゃ応援してくれてたの覚えてる。

結局都選抜は出れなくてめっちゃ申し訳なかったけど本当にうれしかった、

ありがとう。2人と最後まで残って陸上できてよかった。


あの5000を走ったおかけで

「学年末まで残ってよかった」って思えた。


結果的に一度も都大会に行くことはできなかったし、支部の予選すら突破することは一度もできなかったし、

学校の歴代最高記録にも遥か遠く及ばなかった。


でも3年間の練習はどれも全力でやってきたつもりだし、最後の試合も力が出し切れなかったわけでもないし、今までの試合も「走らなきゃよかった」なんて一度も思わなかった。


陸上をやっていたせいでつらい想いはたくさんしたし、走っても走ってもはっきりとタイムで現実をたたきつけられてつらかったこともたくさんあった。


中長ブロック長も先輩から引き継いだはいいけど自信をなくしたり仲間に迷惑をかけてばっかりで、もっと後輩に教えなきゃいけないこともたくさんあった気がする。


でも「俺は駄目だから」とか思ってる時点でしっかりやってないって証拠だし、尊敬する先輩から引き継いだ仕事なんだからちゃんと責任をもって仕事をしようと思った。


先輩から引き継いだ中長ブロック長のジャージも「なんで俺が着てるんだろう」と思ったりもしたけどこのジャージを着ることで中長ブロック長としての責任を忘れないようにしようと思った。


俺は結構練習中でも個人的な感情を出してしまって中長だけじゃなくて陸部全体にもたくさん迷惑をかけてしまったと思う。

本当に申し訳なかった。


中長のみんなもこんなブロック長についてきてくれて本当にありがとう。


これからはこの経験を教訓にもっとしっかりした人間になっていきたいと思います。


本当にこの高校の陸上競技部に入って、今の先輩や後輩、仲間と出逢えてよかった。

俺がこの高校に入ってよかった。と思えたのはこの部活があったからだ。


この部活に入って、陸上をやってて本当につらいことがたくさんあって、たぶん中学のバスケの時より遥かにきつかったと思う。


でも一度も「やめたい」とは思わなかった。


中学の時はつらくて、やめたくて、怖くて逃げたけど

高校は陸上も部活も大好きになれて、つらくても頑張れてよかった。


これからもなんらかの形で陸上は続けていきたいと思います。


アメーバ


なんか陸上のことしか書けなかったのでpart.2へ続くあせる