以前、てんかん発作で救急搬送された際のことです
救急隊員の方が脳神経外科を受診させたいのに対して病院側は「耳鼻科」しかも普通心療
わたしは救急車の後ろに寝ていたので会話をきくことができました
岐路は2回ありました
「○○脳神経外科と○○大学病院とどちらかがいいと思っていますが希望はどちらですか?」と隊員にきかれたとき。
その日は木曜日だったので○○脳神経外科なら担当医がいる。でも入院となると○○大学病院がいいよね
こういうときに家族がいたら判断してくれるのにな
夫には電話して今ごろは家に向かっているはずだけど、待てないし。
時間との勝負の病状だったらまずいし、とりあえず近い方の○○大学病院にお願いして隊員の方が連絡したときに
上記の会話となっていました
このときに○○脳神経外科を選んでいたら一発で後遺症のてんかんがわかっていました
これが岐路の1つめ
○○病院から指定されたのは「耳鼻科」
病院は「メニエール」を疑ったみたいです
この病院、くも膜下の症状がでていたときも一度も脳神経外科に回されてないの
電話口や受け付けで判断する方の能力不足なんだと思う
到着すると症状はありましたがメニエールの症状はないので耳鼻科的には「異常なし」で返されそうになりました
夫が到着すると
「くも膜下で倒れているんですよ(`Δ´) MRIも撮らないんですか?(`Δ´)」
と抗議してくれました
「じゃあ、わたしは別の病院で明日診察してますのでもし症状が続くようならこちらを受診してください」
と1枚の地図を渡されました
専門外なのはわかるとして、夫がそう話したら脳神経外科に回すべきだったとわたしは怒りがわいてきます、思い出すと。
翌日症状は収まらないので、耳鼻科の先生のいうとおりにはせずに夫は同じ大学病院の脳神経外科につれていってくれました
この受診がなければわたしは永遠にこの症状に苦しんだと思うと夫にも感謝しかないです
これが岐路の2つめ。
先生に事情を話すと顔色が変わりました
目の前の電話をとるとMRIの撮影室に電話して
「昨日救急でいらしたmisinさんだけど。耳鼻科にきたみたいだね。一応脳神経外科でも診たいのだけど。
今から入れられる?」
と話されて、夫とわたしに向かって
「こちらでも診ておきたいのでね。お時間があればMRIをとってきてもらえますか?」
撮影室の予約とってましたからね💦時間なくても最優先ということですよね💦
撮影が終わって脳神経外科の待合室で待っているとしばらかして呼ばれました
わたしに向かって立ち上がって、歩いて、腕を前にだして、などなど様々な動きの検査をして
夫に向かってぼーっとしてることはないか、上のそらなことはないか、一点をみつめていることはないか色々きいていました
そして
「くも膜下出血の手術をなんという先生がやりましたか?」ときかれ脳は検査と核医学検査の予約をとって帰宅。
次の診察で開口1番
「執刀医の先生はもう病院にいらっしゃらないので詳しい話を聞けなかったのですが、撮影画像や手術の記録を見ると
どうやら左脳の血流を止めたようです。きっと命があぶなかったんですね。左脳の血流をとめたことでてんかんが発症しました。
先生にかわってお詫びします。申し訳ありませんでした」
いや、まってください💦命を助けていただいたんです💦お詫びだなんて・・・感謝しかないです
「脳波検査によると20年前からてんかんは発症していたようですよ。お辛かったでしょう。薬をのめば治りますからね」
もう涙と感謝のことばしか出ませんでした
医者とは言え、人間です(えらそうにすみません)
もし家族や自分が違うと思えばセカンドピにオンや自分で別の選択もあるから実行した方がいいです
それが自分を救うことにもなります
自分を1番知るのは家族や自分自身だと身をもって体験したので記事にしました