cherry blossom story~恋の物語~

cherry blossom story~恋の物語~

フィクションかノンフィクションか…
「桜」の恋のお話

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――AM7:00


桜は駅へと向かう人並みの中を

一人逆方向の佑介の家へ歩いていた。

佑介は出勤するために家を出ているだろう時間。

合鍵はある。着替えだけ済ませたらすぐ会社へ向かおう。

しかし一応、家へ入ることを連絡しておくべきだろうか。

自分の着替えが無くなっていることに気付くはずだ。

でもそうなると、昨晩、あの後なにをしていたのか

事細かに嘘をつかなければならない。


そうだ、安易に佑介の家で着替えることを考えたが

それはあまりに不自然ではないだろうか。

佑介に余計な嘘をつくよりも、コンビニで下着だけ替えて

会社で何か言われたら適当に誤魔化せばいい。

その方がずっと精神的に楽だろう。


佑介の家の前まで歩いてきてしまった足を止める。

近くのコンビニまで戻ろうとしたその時

佑介の部屋のドアが開いて声が聞こえてきた。



「佑介早く!会社おくれるよ!」



(え・・・?)



女の声だった。咄嗟に桜は物陰に隠れる。

息を潜めて二人がいる方へ耳を傾けた。


「はいはい、お待たせ」


「行こ♪」


腕を組んで歩いて行った佑介と見知らぬ女。ただの友達ではないだろうことは明確だった。自分も今しがた同じことをしてきたばかりだ。傷付く権利などないし、その必要もない。頭の中はあまりに冷静に、因果応報という単語が巡っていた。



それからコンビニで下着だけ買い替え、いつも通りに出社して予想通り、ニヤついた笑顔の中原から昨日と同じ服だと指摘された。


「昨日、彼氏の家に泊まったんです」


予め用意しておいた当たり障りのない返答をしながら、自分の滑稽さに苦笑する。まさか昨晩、佐藤と一夜を共にしたなどとこの会社の誰も考えはしないだろう。しかもその後彼氏の浮気も発覚したとなればもはや昼ドラの主人公の気分だった。とはいえ桜は感傷に浸るでもなく、これからの出方について頭を悩ませていた。


(お互い浮気しながら付き合い続ける必要は、ないしなぁ)


悩ませていた。と言っても桜の考えは佑介といつ、どう別れるかについてだった。昔から恋人に執着したことがない。佑介のことはもちろん好きだったし、今回のことが全くのノーダメージかと問われればそうではない。自分への嫌悪含め、だが。ただ浮気を大事にして佑介を責めるつもりはないし、だからといって無かったことにして付き合い続けるほどの衝動的な愛もないのだ。



「…はぁ」


「あれ、桜ちゃん大丈夫?疲れちゃった?」


思わずこぼれたため息に中原が心配そうに声を掛ける。


「あ、大丈夫です。すみません考え事しちゃって」


「仕事中に考え事なんて珍しいね。彼氏の家にお泊まりで幸せ真っ只中かと思ったけど、何かあった?」


さすが、と言うべきか。それとも3つとはいえ長く生きてきたからなのか、中原はいつも鋭い。こと恋愛となると尚更だった。隠すことではないと判断した桜は、佑介の浮気のことだけを話した。


「え?!うそ!!!」


「ほんとです(笑)」


お互い仕事を片付けながら、小声で会話する。多少とはいえ仕事をするスピードが落ちる桜に対して、中原の作業スピードは全く変わらない。そういう面もやはり、さすがと言えた。


そうこうしているうちにいつの間にか終業の放送が流れる。


「ごめん桜ちゃん。飲みにでも行きたいところなんだけど先約があって…今日は先に帰るね?」


「いえ、気にしないでください♪お疲れ様でした」


申し訳なさそうに席を立つ中原を笑顔で見送ると、桜は遅れた分を終わらせる為にキーボードを叩く。


やっと終わったと時計を見た時には既に3時間が経っていた。定時で帰る気分でもなかった為それについては別段取り立てて疲労を感じることもなかったが、自分の仕事ぶりに関してはまだまだ一人前には程遠いと痛感する。パキパキと首を回して帰り支度を始めたその時。携帯のディスプレイに新着メールを知らせるマークがついていることに気がついた。


【今週の日曜、空いてる?】


佑介からのそれに、どう返そうか悩む。日曜は空いているが別れ話を考えると佑介と会う予定すら鬱々としてくる。しかし避けていても仕方が無いのだ。


【それより今日、少しで良いから会えないかな?】



結局のところ、日曜まで鬱々とした気分を引っ張りたくなかった。これ以上仕事に支障を来したくもない。それならば今日これから佑介の部屋に向かってケリを付ける方が妥当と判断した。佑介からはすぐに返信がきた。その内容だけを確認すると小さくため息をついて、佑介の部屋に向かう為、会社を後にした。




ーーーーつづく



「んっ…さ、と…さん・・!」



人気のない路地裏で絶え間なく触れ合うことをやめない唇に

桜が吐息交じりに呼びかける。

佐藤の唇は一旦離れ、熱の籠った目が桜を捕えた。



「ここじゃ、嫌です…」



桜は完全に酔っていた。

それが果たしてアルコールだけのせいなのか

佐藤のキスが酔いを体中に回してしまったのか

もうどちらでも良かった。

ただ今、この空気に身を任せて流されてしまいたかった。




「…あ・・・んっ、は・・ぁ…」



「…桐島・・」



ホテルへ着くと同時に広めのダブルベッドへとなだれ込み

普段の桜ならまだシャワーを浴びてないと拒否するところだったが

そんな時間すらもどかしく思えてただひたすらキスをする。

荒々しく服に手を掛ける佐藤に応えるかのように

桜も佐藤のベルトへ手を伸ばしていた。



「・・・・・・・・・」



深夜。

全てが終わり、やっと酒も抜けて頭がクリアになった頃、

静かに眠る佐藤の横で桜はボーっと考えていた。



(後悔はしてない…確かに酔った勢いでほだされたのはあるにしても

記憶はちゃんとあるし、あの時そうなっても良いと思ったもん)



ただ、佑介という彼氏がいながら酔った勢いでこういう判断が出来る自分に

少しショックであり、驚きを感じていた。浮気なんてしないと思っていたからだ。

自分のこととはいえ、世の中に《絶対》なんて無いのだろう。



結局、一晩で三回もシタことで疲れ切ったのか

佐藤は一向に目覚める気配もない。

そんな佐藤の寝顔をまじまじと見つめる。



(やっぱり綺麗な顔。こんな短時間で三回も出来ちゃうって

佐藤さん結構タフな人なんだなぁ…)


そんなことを思いながらも、

自分は果たして佐藤のことが好きなのかという自問に

的確な答えを見つけられずにいた。

確かに始めて会ったときから言い知れぬ魅力は感じていた。

しかしそれは外見というか、雰囲気に対する話で

そもそも桜は、佐藤のことを何も知らないのだ。

そして、それは佐藤もまた同じだろう。


目下で眠るこの男が、自分を好きだとは到底思えなかった。

長年付き合った彼女との関係にスパイスが欲しかっただけなのだろう。

別にそれに対して嫌悪感を抱くことも、感傷を覚えることもない。

むしろその方が好都合とさえ思った。



(仕事は辞めるつもりないし、佑くんと別れるつもりも…ない)



セックスをしただけ。一時の衝動に駆られて。

元々佐藤とは仕事上ですらそこまで会話をすることはない。

恐らく【また】はないだろうこの関係をいちいち嘆くのは杞憂だ。

桜は未だ眠ったままの佐藤を起こさないようにベッドから立ち上がる。

体中がベタついていることに気が付いてため息が漏れる。

バスルームの鏡と向かい合うと

昨日一つに結んでいた髪を解いたまま、

ほとんど化粧が取れてしまった自分が滑稽に映り込んだ。



「酷い顔ー・・・」



桜はシャワーを浴びながら考えていた。

昨晩は本当に衝動に駆られてこんなことになってしまったが

そういえば着替えがないのだ。

佐藤はスーツだから大丈夫だろう。

だが自分は…二日続けて同じ服なんて詮索されるに違いない。

かと言って出社前の時間帯で婦人服を売っているアパレル店は開いていない。



「おはよう…」


「あ…おはようございます」



全ての身支度が終わる頃、佐藤がベッドから声を掛けた。

眠っているときには感じなかった気恥ずかしさに思わず目を逸らす。



「コーヒー淹れましょうか?」


「いや、いいよ。着替えたら出る」


「そうですか。私このままの恰好はマズイので、着替えてきますね」


「着替えるって、家に帰る時間なんてないだろ?」


「あ、彼氏の家が、わりと近くなので…」


「ふーん。…お前って酷い女だな」


「えっ!何でですか?!」

「普通、ヤッた男に彼氏の話なんかしねーよ」



佐藤は面白くなさそうに悪態をつく。

自分が想像してもいなかった反応に

桜はどう返したらいいのかが分からない。



「言っとくけど俺、酔った勢いで部下と寝るほど馬鹿じゃないからな」

「え・・・・・?」



その言葉にどんな意味が込められているのか。

確かめようと顔を上げたが佐藤はバスルームへと姿を消した。

混乱したままの頭で桜は佑介の家へと向かった。







―――――――― つづく




「よし、こんなもんか」



佐藤が仕事を再開してから一時間。

時刻は10時になっていた。



「お疲れ様です」



「なんだ、桐島帰ってなかったのか」



隣で声を掛けた桜に目を丸くして

少しだけバツが悪そうにため息をつく。



「せっかく定時で上がりだったのに、悪かったな」



「いえ、私の不注意ですから」



「それにしても腹減ったな」



「佐藤さんずっとブラックコーヒーしか飲んでないですもんね」



「飯行くか」



当然の流れのように立ち上がってオフィスを出ようとする佐藤に

慌てて着いていきながらもう夕飯は食べたことを告げる。



「あー、そうか。お前さっきまでその辺にいたんだもんな。

彼氏とデートでもしてきたか?」



「あ…はい…すみません」



「ふーん。まぁいい。とりあえず付き合えよ、

こんな時間から一人で飯とか哀愁漂うだろ?」



そう言われて連れてこられたのは駅裏の居酒屋だった。

ついさっきまでは、何だか面白くなさそうに

考え事をしながら桜の前を歩いていた佐藤だったが

一杯目のビールを飲み干す頃には上機嫌で会話をしていた。



「ほら、桐島も飲めよ」



「飲んでますよ」



この間の歓迎会の時と打って変わって

ハイペースで酒を勧める佐藤に戸惑いながらも

桜も徐々に酔いが回ってきていた。



「だいたいお前、彼氏とはすれ違い気味って言ってなかったか?」



「すれ違ってますよー。最近なかなか会えないし」



素面の時だったら意識してしまいそうなこんな問いかけにも

普通のトーンで答えられていた。



「でも関係自体は良好、ってことか」



「まぁ…実際怪しいこともありますけどね、疑い始めたらキリがないし。

大きな不満も衝突もないから良いんです」



「達観してんなぁ」



怪訝そうな佐藤を横目にカクテルを流し込む。



「そういう佐藤さんこそ、彼女さんと上手くいってない割には同棲してるんでしょ」



「同棲って言ったら聞こえは良いけどな、もう腐れ縁みたいなもんだよ」

「へぇ…佐藤さんってもっと利己的な人かと思ってました」



「なんだそりゃ」



「要らないものは即切り捨て!みたいな」



「おい、俺をなんだと思ってんだよお前は」



「だけど意外と打算的なんですね」



安心しました。

と、呆れ顔の佐藤に微笑む。

そいいう人間臭い部分が、桜は嫌いではなかった。



「打算的なのは桐島も同じだろ?」



「ふふ、そうですね。そうかも」



「そんな風に笑うの、初めてだな」



そう言った佐藤は驚いているのか喜んでいるのか。

ただ楽しそうに焼き鳥を頬張る。


「だって仕事中の佐藤さんは上司ですから!」



「”仕事中”は?じゃあ今は何なんだよ」



「んー、打算的でズルい人ですかね?」



「最悪だな、それ」



「え?なんでですか?いいじゃないですか、人間味があって」



「お前変わってるって言われね?」



ほろ酔い気分でケラケラ笑いながら

桜は否定も肯定もしなかった。

それからしばらく二人で色んな話をして、

店を出る頃には日付も変わっていた。



「ごちそうさまでした」



「おー、って、やばいな。終電おわってるわ」



「え、ほんとですか?話過ぎたかな」



「お前の家、俺んちと同じ方向だったよな?」


「あ、はい。タクシー拾います?」



そう言ってタクシーを呼びとめようと上げた腕は

佐藤に掴まれて気が付いた時には

唇が触れてしまいそうなほどの距離に近づいていた。



「ちょ、佐藤さん…近い、です」



酔って考えがまとまらなくなった桜の脳裏に

歓迎会の夜感じた下心が再び浮かぶ。



「明日も朝早いし、どっか泊まってく?」



「え…」



確定的なその言葉に身体がカッと熱くなる。

心臓が猛スピードで動き出すのがはっきりとわかった。

佐藤は至近距離にいながらも全く目を刷らすことなく

桜の表情を確かめるように覗き込む。



「え、えっと…」



それまでは目を合わせられず泳がせていた視線。
覗き込まれたことによってより近づいたその距離に桜が耐えきれず目を閉じる。

そしてそれを待っていたかのように佐藤は桜の唇を塞いだ。





―――― つづく






あの歓迎会の夜から一ヶ月。


佐藤とは仕事以外は何の接触もなく、ただ時間だけが過ぎ

始めこそ戸惑いもしたものの仕事に追われ

忙しさと疲労感を感じながらあの夜のことも忘れていた。




覚えなければいけないことと

与えられる仕事を片付けるのに精いっぱいで

ここのところは残業続きの毎日で

恋人である佑介への連絡さえ、

数日に一度メールを返せれば良い方だった。

朝、佑介から食事の誘いが入っていたけれど

それもきっと無理だろうと肩を落とす。

もう一ヶ月は会っていない恋人の顔が記憶の中でぼやける。



(あとで佑くんにメールしておかないと…)






「桐島、さっき頼んだやつもう終わったか?」



「はい、佐藤さんのデスクに置いておきました」



「お、さんきゅー。じゃあ今日はもう上がっていいぞ」



「え?でもまだ仕事残ってて…」



桜は自分のデスクに積み重ねられた資料を見る。

その量からして終わる気配すらない。

当然の如く、今日も残業をする予定でいた。

そんな桜を見かねたのか佐藤が苦笑する。




「最近ずっと残業ばっかだろ。今日は大人しく帰っとけ」



「…はい、ありがとうごいます」



これ以上何を言っても無駄だろうと思ったし

折角の好意に、今回は甘えることにした。



「あ、佐藤さん!じゃあ俺も今日は定時上がりでいいですか?」



「お前はダメ。今日中に仕上げないといけないデータあるだろうが」



この流れに便乗しようとした大塚が落胆する。



「ですよねー…はぁ。頑張りますよ!明日のプレゼンの為に!!!」



「頼もしいな、大塚」



「佐藤さんに鍛えられましたからね!じゃあ桐島ちゃん、お疲れー」



「お疲れ様です」



ブンブンと手を降りながら大塚がデスクに戻る。



「俺も仕事戻るから。気を付けて帰れよ」



「あ、はい。ありがとうございます。お先に失礼します」





会社を後にした桜は最寄りの駅にむかっていた。

佑介からのメールに返信して今夜は夜ご飯を食べに行くことになった。



「桜!」



「佑くん!待たせた?」



駅に着いた桜をすぐに見つけて声を掛けたのは佑介だった。

駆け寄りながら一か月ぶりに会う恋人に少し気恥ずかしさを感じる。




「いや、待ってないよ。でもごめん桜。

俺仕事抜け出してきたから…飯食ったら戻らないといけないんだ」



「え、そうなの?!ごめん、無理させちゃったね…」



「別に気にしなくていいから。俺も会いたかったし」


佑介との久しぶりの会話にホッとする。

最近感じていた微妙な溝が埋まっていくようだった。



「仕事はどう?慣れた?」




食事をするために近くの洋食屋に入り席へと通されると

佑介がメニューを見ながら桜に話しかける。



「んー、ぼちぼち…かなぁ」



「まぁ焦らないでやりなよ。まだ始まったばっかなんだしさ」



「はーい。でも佑くんも仕事忙しそうだね」



「今は特にな。来月になれば少し落ち着くよ」



「身体、壊さないでね」



「心配してくれてるんだ?」



「あっ、当たり前でしょー」



向かいの席で頬杖をついて嬉しそうに目を細める佑介に

照れくささを感じて視線を逸らした。



「さて、そろそろ出ようか」



色々とお互い近況報告をしているうちに

あっという間に時間が来てしまった。



「じゃあ、俺は戻るから。次はゆっくり会おう」



「うん、頑張ってね」



もう8時を回っているというのに仕事に戻る恋人に

少し寂しさを感じながらもその背中を見送る。



~♪♪~♪~~~


その背中が見えなくなり、

自分も帰ろうと改札に向かって歩き始めた瞬間

バッグの中で携帯が鳴っていることに気づく。



「はい、桐島です」



《あ、もしもし?佐藤だけど、今大丈夫か?》



「はい、大丈夫です」



《お前さ、明日のプレゼンの資料が入ったUSB持って帰ってねぇ?》



「え…?ちょ、ちょっと待ってください」



突然の佐藤からの電話に先ほどまでの切ない余韻は吹き飛んだ。

焦る手つきで自分のバッグの中を確かめる。

指先にコツンと触れた無機質なソレに血の気が引いた。



「すみません、持って帰ってました!」



《あ、やっぱり?お前のデスク探しても見つからねーから

もしかしたらと思ったんだけど、ビンゴだな》



あたふたする桜とは対照的に、佐藤が楽しそうに笑う。



「佐藤さん、まだ会社ですか?」



《あぁ、他の奴らは帰ったけど俺は明日の資料の最終チェックしてから帰ろうと思って》



「私、今からUSB持っていきます!」



今いる駅から会社へは歩いて二十分程度だ。

佐藤を待たせてしまうことは心苦しかったが

桜の足は既に会社へと向かっていた。



《は?いいって、別に。つーか今から来るとか無理だろ》



「大丈夫です!○○駅にいたんであと十分くらいで行けます!」



やっと納得してくれた佐藤と電話を切る頃には会社に着いていた。

急いで自分の部署があるフロアまで階段を上る。



「佐藤さん」



「お、早かったな桐島ー」



階段を駆け上がったことで息切れをしている桜を見て

佐藤が面白そうに笑って自分の隣の席に座るように促す。



「すみません、うっかりしてて…」



「いいって、別に。確認しとこうと思っただけだし」



「あ、これ、USBです…」



本来の目的であるソレを手渡した。

先ほどまでは楽しそうに笑っていた佐藤の表情が

仕事をするものに変わるとパソコンに向かう。



その横顔を静かに眺めながら桜は不思議な気分だった。








―――― つづく



二次会の場所までは本当にすぐだった。

数分の距離をゆっくりを歩きながら

桜は佐藤と少しだけ話をした。


会社には慣れたか、とか

仕事はやっていけそうか、とか

スタンダードな上司との会話だった。





「あー、佐藤さん遅いッスよ!」




二次会の会場は全国チェーンの居酒屋で

社長や専務、所謂《お偉いさん》集団を除いた

十数人が個室に集まって二次会を始めていた。

遅れた佐藤に社員の一人が声を掛ける。




「わりーわりー」



「もう始めっちゃってますよー。佐藤さん何飲みます?」



「あー、俺は生。お前は?」



「じゃあ、同じもので」




ビールはあまり得意ではなかったが

メニューの中から選ぶことを考えると

とりあえずこう言っておく方が楽な選択に思えた。



「桜ちゃん」



自然と佐藤の隣に座ることになった桜を呼んだのは

3つ上で同じ事務課の先輩【中原みゆき-ナカハラミユキ-】だった。



「ごめんね、先に来ちゃって…」




申し訳なさそうに手を合わせる中原に

桜は気にしないでくださいと笑う。

この場の雰囲気を見れば中原がみんなの勢いに負けて

タクシーに押し込まれたのだろうと容易に想像できる。




「でもまさか佐藤さんが待ってたとは思わなかったよ~」




桜も同意見だった。

歓迎会の最中もほとんど話していなかったし

佐藤が待っていたことは予想外でしかなかった。




「だけど、佐藤さんが待ってて下さって助かりました。

私一人じゃきっとここまで来れなかったです」




「佐藤さん可愛い女の子に弱いからなぁ」



「えっ…」



「おい中原、お前なに言ってんだ」



「やだ、聞こえてたんですか?佐藤さん地獄耳ー!

大塚もなんとか言ってよ」



中原がからかうように笑いながら

最初にドリンクをオーダーしてくれた人、【大塚-オオツカ-】に話を振る。




「ばか、俺が佐藤さんに意見できるわけないだろ」



「もー、頼りないんだからあんたは!だから出世できないのよ!」



「お前さ、酔っててももうちょっとオブラートに包めよ。泣くぞ、俺」



「中原、あんまり大塚いじめんなよ(笑)」




そういって笑う佐藤に、桜はこの三人の仲の良さを感じていた。

中原は大塚と談笑しながら酒を煽っている。

先ほどの会話などすっかり忘れてしまったようだった。

微妙な気まずさを振り払うかのように

桜はビールを一気に口内へと流し込んだ。




「お!桐島さん良い飲みっぷりだね!!」



「そうですか?でもあまり強くないんですけどね」



「だったらそんな一気に飲むなよ、回るぞ」




大塚との会話に、横目で桜を見ながら

佐藤がたしなめるような口調で言う。




「大丈夫、大丈夫!帰れなくなったら佐藤さんに送ってもらいなよ桜ちゃん」



「そこはお前が送ってやれよ、中原」



「だって私、逆方向なんだもん」



「あ、大丈夫ですよ。そんな酔ってないし

もし帰れそうになかったら彼氏呼ぶんで、気にしないで下さい」



「え、桐島さん彼氏いるんだ?!」



「はい、一応…」



「うわ、佐藤さんドンマイ(笑)」




中原が佐藤の肩を叩きながら茶化す。

彼氏がいると言ったのはちょっとした予防線のつもりだった。

でもその予防線が、果たして誰に向けたものなのか。

桜は自分でもよく分からなくなっていた。




「だから、中原お前さっきから何言ってんだよ」


「そうだよ。佐藤さんには彼女いるだろ」



呼吸が一瞬止まった気がした。

と同時に、自分の淡い下心と期待に恥ずかしさで体が熱くなる。

佐藤の優しさは上司としてのものだ。

佑介の顔がふと頭に浮かんで罪悪感でいっぱいになった。


それからは、佐藤の彼女の話で盛り上がっていた。

中原と大塚が楽しそうに知っている情報を教えてくれる。


佐藤と彼女が付き合って7年目ということ

しかも二年前から同棲していること


桜は気持ちを切り替えて笑顔で聞くことに専念していた。



四杯目の梅酒を飲み終えるころ、

そろそろお開きということでみんな店の外に出た。


「桐島」


「はい?」



酔いを冷まそうと外気を吸い込んでいると
佐藤に声をかけられて振り返る。


「家の方向同じだから、タクシー一緒に乗るぞ」


「あ、はい」



先ほどまでの淡い期待など忘れタクシーに乗り込む。

やっと帰れるのだという解放感に浸っていた。

楽しくなかったわけではない。

ただどうしても、慣れない人たちとの関わりには

神経をつかうことには変わりなかった。

隣で、背もたれに体を預けて目を閉じている佐藤も

今の自分と同じように見えた。



「桐島さぁ」



眠っているのかと思っていた佐藤に名前を呼ばれて

条件反射で隣を見るとバッチリ目が合ってしまった。

僅かな戸惑いを感じてすぐに視線を逸らす。



「彼氏と付き合ってどのくらい」



「へっ?」



予想外の問いかけについ間の抜けた返事をしてしまった。



「長いのか?」



「そんなに…一年くらいですけど」



「上手くいってんの?」



「最近は、ちょっとすれ違い気味ですかね」



「ふーん」



自分から聞いておいて、

いまいち興味があるのかないのか判断がつかない。

気になって一度、佐藤の横顔を見てみたけれど

目を閉じて今度こそ眠っているようだった。


しばらくしてタクシーが桜の住むアパートの前で止まる。



「佐藤さん、私ここなんで…」



佐藤を起こさないように小声で、一応話しかけて

自分の代金を置き外に出るとふいに窓が開いた。



「あのさ、俺も彼女とは上手くいってないから」



「え・・・」


「それじゃ、今日はお疲れ。お休み」



佐藤はそれだけ言うとタクシーを出した。

最後の言葉は一体なんだったのか。

桜は結局、真意を知ることが出来ないまま
火照った体は酔いのせいだと言い聞かせて眠りについた。



――― つづく