『労組 日本プロ野球選手会』 を読んで

 

 



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11代目の労組選手会長に コンちゃんことソフトバンクの近藤健介外野手が選出された

 

ニュースをネットで知った。最近は労組会長の仕事と言うと何ンの話題もなく、マスコミも

 

取り上げないから、誰が歴代で会長になっていたか知らなかった。日本プロ野球選手会会長

 

も1985年巨人中畑清から始まり、巨人原辰徳が引き継ぎ、阪神岡田彰布になった時

 

FA制度導入で尽力した。更に2004年近鉄×オリックス合併により、12チーム

 

2リーグ制から8チーム、1リーグ制案が持ち上がった。このままでは野球界が危ない、

 

ヤクルト古田会長の決断、ストに突入した。この時楽天イーグルスが誕生して2リーグ分裂

 

は回避できた。オーナー側に有利な時代読売ナベサダこと、渡辺オーナーの「選手如きが

 

・・・・」何をか況やが話題になった。それほど選手たちの発言は虫けら同様、まとまりは

 

なくオーナー連の思うがままに雇われて来た。野球人気は巨人低迷期に入り、毎夜あった

 

ナイター生中継も減りはじめ、今では数えるほどにしか中継放送はない。野球の鑑賞離れは

 

凄まじく、スター選手が海を渡って大リーグへ行ってしまい、長年の野球ファンとしては

 

悔しい限りである.今年も巨人岡本やヤクルト村上も出稼ぎに行く。海の向こうの大リーグでも野球


 離れはあったものの今では大谷ドジャースで人気を盛り返している。アメリカの

 

労組は1966年苦難の中発足、スーパースターは高給取りになって現在に至る。NPBで

 

不当に扱われた近鉄野茂英雄が1995年ドジャースへ行ってアメリカ労組の実状を日本

 

プロ野球界に伝えたため、そのアイデアが活用された。労組選手会は野茂サマサマなんであ

 

る。今大リーグスター選手の年俸は天文学的数字である。幾ら人気商売で活動期が短いとは

 

いえ異常である。日本はまだ域に達していないが、税金でごっそり持っていかれると嘗て高

 

給取りの王貞治が嘆いた。中畑が労組活動を始める前にも別所毅彦が発足を目論んだが、オ

 

ーナー側に漏れ動きは遮断された過去があった。その後王や長嶋を中心にやれば世間も選

 

手も納得すると、働きかけた時代があったがONは「時期尚早」といい返事をしなかった。

 

確かに現役をやりながら事務業務の二股賭けるのは容易なことではない。その点でもやり

 

始めた初代中畑会長は尊敬に値するのである。古田の会長時代契約更新に専門家を立ち会

 

わせたい要望が出されたが却下された。日米間で雲泥の差がある年俸。日本選手がアメリカ

 

へ行きたがる理由はよく分かる。それに組合で引退後の年金も支払い可能と言う好待遇は

 

早く日本でも取り入れなければならない条件である。日本でも最初初代会長中畑が始動し

 

た頃は年金制後は確立していた。然し長短大小色んな選手の引退・入団の中で誰でも引退後

 

そういう境遇にすることは無理があったようだ。それに選手が無償で会長職になり

 

百戦錬磨のオーナー側と折衝するには大変なことだったと思う。矢張り専門職の

 

人にやってもらう必要があろう。幾らサブにはいるにしても40年目を迎えた

 

日本プロ野球労組も大きな分岐点に来ていることは間違いない。2027年ついに

 

セリーグもDHを導入することになった。私は余り賛成ではないが、これだけ人気がなく

 

なれば何かをしなければならない苦肉の策、少しは変化すればよいと思うが、一度失った

 

客足はそう簡単に戻っては来まい。悲しいかな、日本プロ野球!

 





画像>中畑清カード 巨人・DeNA時代