飯田里穂さんの、現在絶賛発売中ニューシングル「青い炎シンドローム」。


 ミュージシャン桜井としては、小さい頃から大好きだった、宇宙で最も尊敬するポピュラー音楽の作曲家筒美京平先生のメロディーに歌詞をつけるという、キャリア最大級のミッションでありました。


 誰も取材してくれないので、自ら語り倒したいと思います。聞いてくれ。サンキュー。


 いわゆるひとつの曲先(出来上がったメロディーに詞を乗せていく歌の作り方。対は詞先)ということで、プロデューサーの方からまずは楽曲デモをいただきました。


 京平先生ご本人による仮アレンジが施されたこのMP3音源が、早くも秀俊の宝ものに。こうなると、とめどない欲望が溢れ出します。京平先生の機密情報、もっと欲しい。だって、あの筒美京平の、世に出る前の歌の姿を拝める人間がこの世にいったい何人いるというのか。今俺は、選ばれし人間のひとりとなったのだ。使用している音源はどんなのか。ご自分でデモ音源を制作されるのか、もしくはお弟子さん的なひとが代行するのか。譜面は存在するのか。あるとしたら(できれば直筆の原本を)この手中に収めたい。等々、出来る限りの、時にはえげつないほどの手を尽くして情報を収集いたしました。だって、好きなんだもの。私は今、生きている。心はすっかり17歳。


 いやいやしかし、ファン然とはしゃいでいる場合ではございません。ここに言葉を乗せ、歌として完成させ、全人類に届けるという重要な任務を遂行せねばならないのですから。しかもこの曲は、アニメ「デジモンユニバース アプリモンスターズ」のエンディングテーマとして放送される事が決定している。物語の側面を彩る、実に重要なミッションだ。ルパン三世「ルパン三世 主題歌Ⅱ」、タイガーマスク「みなし児のバラード」、あしたのジョー「力石徹のテーマ」等々、歴史的名曲が脳裏をよぎります。出来るのか、俺に。言ってる場合か!やれ、俺。


 そもそも、曲先というのはとても難しい制作形態。言いたいことを優先すれば音符からはみでたり足りなかったり。メロディーを厳格に守れば、言いたいことや本来の言葉の響きを少なからず犠牲にしがち。その辺の折り合いをどうつけるのか、つけずにどちらかをバッサリ切るのか。


「えーと、言葉が上手く乗らないので、こことここのメロディー、ちょこっと変えちゃいましたー!」


「えーと、物語を描こうとすると上手くメロディーにはまらないので、メッセージはゼロ!響きと雰囲気で書いちゃいましたー!」


 どちらも言えるわけありません。宇宙一尊敬するメロディーメーカーに。


 そこで秀俊、決めました。京平先生の書かれたオタマジャクシを1ミリも動かさず、かつ一文字残らず自然に響かせる。全力でアニメを制作しているスタッフや毎回放送を心待ちにしている子供たちとソウルを共有し、かつ俺が腹の底から思っている事を言葉に著すべし、と。


 まずはデモ音源からメロディーを採譜。五線紙に書き起こしてみることに。


 ワンコーラスぶん眺めてびっくり。その、目で見るオタマジャクシの推移の美しいこと!低めの音域から始まって比較的大胆に休符を取り、Aメロで提示された規則性を踏まえつつ、Bメロは16部音符と長い音符の登場で変化をつけ盛り上げる。そしてサビ。京平節全開。5小節目からのたたみかけるシンコペーションが最重要部分だぞ!と、五線紙が訴える。もう、難攻不落の城の見取り図ってかんじ。紙見ただけで名城!メロ譜見てこんなに燃えたこと、ありません。


 そして、驚いたことに、音符に乗りたがる言葉が、出てくる出てくる。


 楽器の音色本意で作られたり、もしくは洋楽のメロディーなんかは概して日本語を乗せるのに苦労するもの。けだし音楽と文学は別もの。それをどう交わらせるかという試みになるわけです。


 ところが京平メロディー。音符自体が日本語になっている、とでも申しましょうか。これは予想外でした。言葉が浮かばなくて苦労する予定が、いっぱい出過ぎて、こりゃどの道に進むべきかねと選択に苦労するという事態に。これはね、京平先生の至芸といってよいかと。音符の日本語化。凄すぎる。どうなってんの。


 だもんで思ったよりするする書けちゃって、声に出して歌ってみてもメロディーと日本語がちっとも喧嘩しないもんだから「出来たかな?」と思ってプロデューサーにさくっと提出したら、あれこれと訂正すべき箇所を指摘され。甘かった甘かった。もっと粘れよ秀俊、ですよね。


 ならばよっしゃと言葉の海へ再度ダイビング。幾重に思考を重ねても、頑張れば必ずより良い言葉が現れてくれる。いやーなイジワル問題では決してない、極上の大切りのお題ってイメージ。「お前のおもしろさはこんなものか!」と試されながら、やっとこさ完成にたどり着く。そんな、苦しくも楽しいダイビングツアーでありました。


 そして無事に、ナウオンセール。皆さん聴いてくれたかしら。え、まだ!よかったら、是非!


 ちなみに桜井、バックトラックでギター弾かせていただきました。作曲家じゃなくて作詞家が演奏に参加しているっつーのも、ひねりが利いていて、良い。なんつってほくそ笑んでおります。アレンジのsoundbreakersさんとは、レコーディング中chokkakuさん(SMAPをはじめとするジャニーズ系タレントのアレンジャーとして有名。桜井は氏の大ファンで「Endless Summer Nude」等のアレンジを依頼)の話で盛り上がりました。chokkakuイズムの血を引くsoundbreakersサウンドにもこれまたびっくり。こちとら京平先生のデモアレンジからの変化を体験しているので、ことさらに彼らの独創性に舌を巻きました。彼らがこの楽曲に強力な同時代性を吹き込んだのです。デキる年下とセッションできて、これまたエキサイティングな時間を過ごす事が出来ました。


 更になんと、週刊文春「考えるヒット」で、これまたガキのころから大好きな近田春夫さんが「青い炎シンドローム」を取り上げてくださっておる!近田さんも京平さんやchokkakuさん大好き人間。同好の大先輩による、さすがの審美眼分析力および評論スキルびんびんのコラム。震えました。


 王選手に全力投球した試合を手塚治虫先生に漫画化していただいた。あたしにとってはそれぐらいの大事件。俺のなかの中二の俺がのたうち回って喜んでいます。力をいっぱいいただきました。感謝感激感無量。


 ちなみに京平先生とも飯田里穂さんとも、いまだお会いしておらず。レコードの中でこれほど濃密なセッションを繰り広げておいて…実は今なお面識なし。


 この関係性も、なんかぐっときます。レコード制作独特の、クールで熱い分業体制。別の空間にいるそれぞれが、ひとつのものへ向かって表現し、完成した一枚のレコードの中だけで全員が顔をつきあわせている。


 いやー、ポップミュージック。


 つくづく、面白いです。