思えば、自分で言うのはおかしい(不思議)かもしれませんが、不思議と僕が紹介してきた作家(芸術家)は皆、文化功労者や文化勲章を受章しているのです。
洋画家・佐藤哲も必ず叙勲されると思っています。昔の話ですが、当時、勤務していた東京タイムズに書家の手島右卿(ゆうけい)と彫刻家の圓鍔勝三のお二人を掲載したことがありました。その時に、圓鍔先生に「これは(僕の書いた原稿)もしかしたら。文化功労者をいただけるかもしれませんよ」と・・・・
先生曰く「そうは、いかんだろう」(そうは、上手くはいかないだろう)と言ったが、同年、お二人とも文化功労者に顕彰された。
それから、時が経って、先生の恩師・澤田政廣(せいこう)先生が亡くなった時、「恩師・澤田先生の思い出を書かせてもらえませんか?」と頼むと、「じゃ~僕の書いた弔辞でも掲載するかい?」と、僕曰く「そんな門付き、羽織、袴の原稿など読者が読んでも、誰も喜びませんよ」というと「じゃぁ、どうすけば良いかね?」「僕とこれから会話をしましょう。澤田先生の思い出を僕が聞きますか?
」
澤田先生はどんな人でしたか?
「よく、お座敷でお酒を飲むんだけど、先生、芸達者で畳のヘリを綱になぞって、踊りながら綱を渡る姿は、良かったね」
そう、でしたか? ある彫刻家が澤田先生の晩年の書「美の矢 当た瀬ざるは無し」と書いているのを見て「澤田先生、何を言いたいんだ?」と、この人、こんなことも理解できないのか?と思わず、思ってしまったんですよ。」「美の矢、当たらないわけが絶対に無い!という大確信の言葉ですよ」と話すと、圓鍔先生「僕の家にも澤田先生が書いた陶皿があるんだよ」見たいですねと僕が言うと、先生、の皿を持ってきた。そこには、次のような言葉が書いてあった」(矢を美に向けて 打てど当たらず なお 打ち続けて 止むことなし」と書いてあった。されど、晩年は、大確信を持って「美の矢 当たらざるはなし」と当たらないわけがない。認めた。圓鍔先生、これで原稿書きましょう。「先生、良いですか?相手を褒めるという行為は、確かに相手を褒めているが、裏を返せば、己の崇高なる魂をも、同時に褒め、讃える行為に通ずるんですよ」
先生、これは、貴方が文化勲章になる原稿ですよ。
「そんなに上手くいくわけは行かないよ」
それから、後に圓鍔勝三は文化勲章を受章することとなった。
「桜井君は、不思議な男だね。まるで僕の守り神だね」と・・・・・・・