ここのところ、国公立前期試験の合格発表が連日行われ、喜んだ人も涙を流した人もいると思う。そんな中僕(文系)も無事合格することができたので、今回はなんで合格したのか真剣に考えてみた。
まずは運が良かった。これは確実にある、国語、数学の問題は相性が良かった。英語で転けたものの世界史もなんとか解答できたことから合格につながったのだと思う。
しかし、運が良かっただけではないようにも思える。2月に入って心の底から行きたいと思っていた某私立大学に落ちてから絶望に陥ってた僕は勉強もほとんど手付かず。やる気が出ない時にあれこれやってもしょうがないと思い、世界史だけ1時間ほどやってたものの、はっきり言って難関国公立に受かる気力すらなく完全に諦めムードであった。
幸いにも抑えにしてた某私立大学に合格していたため、進学は決まっている状況であり、ただ非生産的な日が過ぎていくだけだった。正直国公立の受験を放棄しようかまで考えた。
途中に某私立大学の受験をちょいちょい受けながら、ついに国公立まで残り3日というところになった。
2月のそれまでの自分の歩みを振り返れば振り返るほど合格が遠のいている気しかしなかった。そんな中、ある一つの考えがふと浮かんできた。「試験の解答用紙に自分の情熱を全てぶつければ、落ちても納得がいくのではないか?精一杯戦って落ちたらしょうがないじゃないか?」これは自分が第一志望に落ちた時に自分自身を慰めるための言い訳にすぎなかったが、同時に「試験だけはしっかりと取り組む」というモチベーションも芽生えてきた。
そこからの僕は最後の追い込みにかけたが勉強自体は相変わらずやる気が出ず、結局世界史を1時間ほど、数学を1.2時間ほどやった程度であった。
この頃、自分は勉強は諦めているけど試験は諦めていないという変わった状態であることに気がつく。
いよいよ当日の朝になった。過去問は某緑色の塾で秋と冬に10年分を一周はしていたことから、形式に不安はなく、緊張感もはっきりいってゼロであった。その代わりチャイムが鳴った時から本気で解くという気合溜めだけをしていた。
試験中は過去を振り返らず、そして受かった時のこととか今日の晩御飯は何かとか邪念を一切考えず、ひたすら質問に対して自分がこれまでに予備校で学んできた解法のセオリーを活用して自分の解答に情熱を持って解答することを心がけた。(今思えば、予備校は解法のセオリーを学ぶところである。苦手教科なら行くことは勧められる)
試験の1日目の最初は国語
記述式の練習は結局のところセンター後ほとんどしなかったが、センター試験での読解のセオリーと秋と冬の蓄積でなんとか突破。問題の相性も良かったのかそこそこいい手応えであった。この時、解答に情熱を注げばまだ可能性はあるかもしれないと希望を見出す。
昼飯後時間があったが、次の数学は2時間という文系にとっては長丁場であったため勉強することよりもリラックスする事にした。
2限目の数学、ページを開くと形式が変わっている事に気がつく。しかしビビることなく丁寧な答案作成に努めた。最後の最後まで諦めずに考えたのはいいがチャイムが鳴った瞬間クタクタであった。
終わった直後の出来としては悪くはなかった。これは戦えてるぞと実感をする。
まさか勉強しなかった割にここまで戦えるとは思わなかったことから、その晩はクタクタであるのにもかかわらず、世界史で頻出の分野を詰め込んだ。この時人生で一番疲労を感じていたのかもしれない。
2日目の最初は英語であった。前日の疲れから完全に抜け切れていず、余り実力が発揮できなかったように感じた。しかし、英文和訳なども丁寧にやり、英作文も最後まで構想を練って書いたことから、答案に空白自体はなかった。
昼ご飯を食べると次の世界史の詰め込みをしようとしたが、疲労もたまってたので勉強するのを諦めキャンパスを11周ほど散歩した。
ついに世界史である、この大学の世界史は400字の記述が3問あるという極めて特殊かつ大胆な形式である。自分の情熱、蓄積してきた知識を最大限に発揮する場だと考え、難しく考えずに問いの要求だけに集中した。
過去問とは大きく形式が違って多くの人は困惑してたみたいだが、僕は自分の中でこれが正しいだろう(正しいとは言ってない)ってことを徹底的にかけたため、全く自信はなかったのだが、達成感だけはあった。
結果的に、試験が終わった直後、合否の可能性は5分5分だなと思った。ただ落ちてても悔いの残らない内容ではあったと思い満足して、戦いは終わった。その後自己採点とか一切することもなく試験とは無縁の生活を送り、合格発表まで普通に落ちてる前提で過ごした。
よく、「最後まで合格を願ってる人が受かる」と言っている人がいるがそれは正しくはないと思う。
もしそれが正しいなら僕はわざわざ予備校なんか行かずに絵馬100枚買って一枚一枚祈りながら合格祈願と書いて毎日お祈りだけする。
本当に必要なのは、解答を真摯にすることである。これに必要な要素は様々あるが、その一つが「合格を最後まで願う」ことなんだと思う。
僕は受験勉強を通じて人に誇れる勉強方法、テストの成績、生活習慣、その他諸々一切ないし人にアドバイスすることもない。ただ、最後の最後に試験を真剣に解いたことだけは人に誇れるしこれが運よく大学側に評価されて合格できたのだと思っている。(実際どうなのかは分からない)
もちろん受験勉強の期間は数百日あるわけだから合格成功の秘訣はあげてもキリがないほどあるだろうし、合格への道筋は人それぞれだし、これから合格を目指す人に僕と同じような道筋を辿って欲しいとは全く思わない。ただ、どんなに諦めた状況であっても解答用紙に真剣に向かわない限り何も始まらないし終わらないということはどんな人にも当てはまると思う。
