日本の会社のうち、三分の2の150万社は、税務申告上の赤字法
人です。財務省・日銀が決める日本の銀行の(公式な)融資制度で
は、赤字企業への追加融資は、担保があっても普通はできない。

ここに2重ルールがある。赤字企業150万社への融資は、財務省
の融資規程どおりなら、多くは引き揚げなければならない。ここに
粉飾を許す構造がある。粉飾は資本主義では、アカウンタビリティ
の根底を揺るがせる詐欺です。詐欺によって資本主義は潰れる。

米国も、日本から呼び込んだ資金を返す予定はない。
そのため、日本は低金利策を取り続けるべきだと外圧をかける。日
本の名目金利が米国の名目金利より高くなれば、資金の逆流が起こ
るからです。

日本人の1400兆円の金融資産に、政府、債務超過企業、金融機
関、米国が群がったのが90年代です。本当の数字を出せば、マネ
ーは引き揚げるから、粉飾でごまかす。

以上を総合すれば、以下の驚くべき結論になる。
日本の政府財政の破綻が、将来の日本を救うという逆説的な結論。
日本国債は、そのほとんどを、日本人と金融機関、機関投資家がも
っています。

この点が、米国やアルゼンチンと根本的に違う点です。
日本は、対外純資産179兆円の国です。

米国は、対外純債務の国です。
対外純債務の国の、国家財政の破綻は、国際マネーが引き上げるた
め、国民生活に塗炭の苦しみを与えます。

しかし日本では、国家は身内からの借金をしている。
よく言われるように直接には国民からの借金でもない。
国債をもつのは、政府機関、日銀、金融機関のみです。

以下は、多少乱暴な論を展開します。
米国の政策も、国際金融マフィアの政策も、緻密なものではない。
ムーディーズの日本国債の格付けで、乱暴さが明らかになったので
す。乱暴な戦術には、乱暴な論しか似合わない。

日本国内では年金は保証されない増税は確定していて、預金も結局はインフレで
価値が無くなるかもしれない。中国の工業化に続く、低賃金国の工
業化で賃金は上がらない。

グローバル経済は、戦後体制とその付属物を破壊する。
過去は、輸出によって、米国・西洋の産業を破壊した。
今後は、輸入によって、日本の戦後体制が破壊される。

会社に勤続すること以外の、どんなライフ・プランがあるのか。
威勢良く辞めた人とたまに飲むと、元気な声とは裏腹に時折曇った
表情が見える。さびしそうな雰囲気が全身にある。

自分には誇ることができる技術も、知識もない。
勤続を続けた今の会社だから高い報酬をもらえている。

幸運に他の会社に拾われても、ごく少数の例外を除けば、給料は下
がり、自分を理解し引き立ててくれる上司もいず、孤独な戦いを強
いられるだろう。

とすれば、矛盾だらけだが踏みとどまって、慣れた環境を維持する
ほうがいい。給与の5%カットくらいはなんてことはない。それが
多数派です。

行けるところまで行く。たとえ数年後の断崖が待っていても、とい
う悲壮感が漂う。多くのサラリーマンと話していてそれを感じます。

【個人】
会社共同体が短期的なものなら、「個人として」世界に通じる技術、
知識、言葉を持ち得ること、これが方向になる。このことは、皆感
じている。しかし、それで成功できるのは5%か20%の少数派で
はないか。80%の多数派に属する自分はどうすべきか?

以前は、20歳からおよそ30年働いた。会社の寿命が、個人の仕
事をする期間より短いとは考えられなかった。多くの就職は、生涯
の生活の保証だった。

【会社の寿命のほうが短くなった】
今は、寿命も伸び40年は働く。今日就職した会社が、40年後も
存続し、定年で多額の退職金をもらえると想定している人はいない。

もうしばらくすれば、長期勤続でも10年でひとつの仕事、つま
り、40年で4回は仕事や会社を変えることが普通のライフ・プラ
ンになる。長期雇用が有利な制度も、変わらなければならない。新
入社員から定年までの長期雇用は、例外的になる。

そうなると戦後の生涯観は根底から崩れる。
それを補うものが、この国にはまだない。

【結婚も】
女性にとっても、結婚が永久就職とは思えない。夫が安定して給料
が伸びるという前提での、ライフ・プランだった。報酬の変動や失
業があるとき、計算ではない夫婦の愛という絆がそれに耐えられる
ものか。今後米国並みに離婚が増えるのも確定している。生涯を添
い遂げるということはぐんと少なくなるのではないか。

夫婦は社会の中で最小の共同体だった。それを取り巻いて会社があ
った。その両方の共同体の永続性が、根底から崩れようとしている。

▼不自然な構図

借金をした側が豊かになって貸した側が貧しいという構図は、根本
的に不自然です。理由は日本の異常な低金利です。低金利ならうま
くマネーを借り投資した人が豊かになり、貸した人は貧しくなる。

こうした当然のことが、変に思えないのは財務省、マスコミ、経済
評論家の論が、(気がつかない間に無意識に)歪んでいるからです。

90年代の日本は金融機関救済の目的で異常な低金利策をとってい
る。


対人恐怖は、他人に承認されることを求めながら、認められるとき生じる「他人からの侵入」や「見られる不安」、つまり他人からの評価を恐れて、内面を隠し、自分にひきこもることです。
みんな程度の差こそあれ、こうした「対人恐怖」を抱えています。
他者からの評価は、必ず否定的なものであるはずだと思うところから、対人恐怖が生じます。程度の差こそあれ、われわれが、自分を守るときにとる普通の態度です。

それらを克服すること、それは・・

1)「内的信念に基づく執念」、
(2)「努力する習慣」

のように思われます。

人から評価されることの自信のなさは、周囲から見れば、逆に「異常にプライドが高く」見えることがある。

つまり、承認をおねだりできないくらい自尊心が高く見える。容易に人に妥協しない性格にも見える。人や仲間から一定の距離をとって、無関心を装うのです。言いかえれば、孤立です。
対人恐怖者は、「過度のな嗜癖(しへき)」という行動を示し、それを周囲にあからさまに見せることで、相手からの裏返った、自分の存在の承認を求めるといいます。

「過度の仕事依存」、「異常な几帳面(きちょうめん)さ」、「自己に否定的な厳しさ」、「潔癖(けっぺき)症」、「過食症」も嗜癖(しへき)のあらわれとされプライドが高く「自分を丸ごと無条件に認めてくれ」と言えないために、「こだわり」という別の表現をとる。しかし、評価されるような「相互侵入」からは逃げる。

われわれは「自分を承認してくれという自己主張」と、「他人が自分の中に侵入する」ということのバランスをとって、生きているという。

他人から「評価」されるということは、他人からの侵入に耐えること、そして相手のなかに侵入するという相互の「親密な関係」を築くことでもある。この両者の間で、普通は、バランスをとっていく。親しい対人関係とは、そうして築かれる。「親密さ」は相互の関係です。

しかし、評価されるのは怖い。軽いものはテストの評価でも経験しますね。テストは全人格、自己の全存在には関わらないし、何回もあるから、慣れがあります。しかし、これがもし1回限りで、それで決まるとなるとこれは怖い。さらに、それが、自分にとってかけがえのない大切な人からの評価だと、その怖さの感じが、想像できますね。
嗜癖」の個性が作られた人は、評価は否定であるとの体験と、否定の心理的ショックから、「相互侵入」の「親密な関係」に入れない。これは、当人にとっては絶え難い寂(さび)しさになる。

親密な関係を求める欲望が、強烈過ぎるゆえに、逆に人を遠ざける。

そして、その表現は、象徴的ななにかへの、強い執着になって表現される。声にならない心の叫び。「○氏は言う・・俺ををどこかで認めて・・・」

北海道のShadai Stallionにはいろんな2000年以降活躍した馬が多数います。

僕は数年前にここに写真を撮りにいったのですが、まぁ馬のほれぼれする姿に驚きを隠し切れません。

 見学出来る時間は放牧の時間の10:30~12:30の間で、馬の自然な姿が観察出来ます。まぁ2時間などはあっという間です。


見学出来る馬 


・ キングカメハメハ

・ クロフネ

・ シンボリクリスエス

・ ゴールドアリュール

・ トウカイテイオー

・ グラスワンダー など 他 ナリタトップロードなど


この中でもクロフネという馬は白馬でとっても綺麗に映りました。こちらをじーっと見て観察してるのに観察されてる心境でした。


 そういえば大山に乗馬クラブ?みたいなのがあるので夏はちょっとお出かけしてみたいと思います。競走馬ではないので・・ちょっとあれですけどw まぁアロマセラピー??よくわかんないんだけど心が落ち着くとか?みなさんも機会があれば行って見てください。1日コース 1月コース 1年コースがあった記憶があります。