けっきょくそのまま愛しあいました。

健一の愛しかたは少し普通とは違うから…
健一がどう思っているのか…
これでいいのか…
いつも心のどこかに引っ掛かっている私…
それでも何も言えずに健一にされるがまま…
のんびりたばこを吸いながらベッドでくっついて話をします。

『仕事どうするの?』
思い切って聞いてみました。
『うん…辞める事になると思う』
天井を見つめてそう応える健一の声はどこか辛そうでした。
そう自分で決めてせっかくここまで来たのに、たった数カ月で辞める事になった事に後悔があるのでしょう。
『そうか…で次はどうするの?』
『何件かはアポも取ったし…俺が仕事探してるのを聞いて相手から連絡もあったりしてるから、大丈夫すぐに決まるから』
そのころの健一は暇を見つけては次の会社を探していました。
前回とは変わって使える物は使って探そうと…
その中で少しでも好条件で少しでも私の近くに来れる場所をと探してくれているのがわかりました。
『そうか…私には何も出来ないけど、無理にこっちへ来なくてもいいからね』
『わかってるよ。それでもさ…』
それ以上は何も言わないで私を抱き締めます。
『大丈夫だから…』
そう囁きながら…

しばらくそのままベッドにいると
『帰りは何時?』と時計を見ます。
『3時半かな?』
『ならあそろそろ出るか?ブラブラして飯でも食おう』
そう言ってホテルを出る事にしました。
最後にもう一度kissをして…

ホテルを出て、大宮の駅前に出ます。
携帯ショップを覗いて駅ビルへ入ります。

とんかつ屋さんお昼にします。
そこでも話をずっとします。ホテルでも話を沢山したはずなのに…

やっぱり健一の仕事の事が気になってしかたがありません。でも健一は自分なりに考えて行動をしている事に私が意見を言う事も気が引けて健一の思うようにさせてあげよう。私はそれを黙って見守る事にしよう。そう決めたのはこの時でした。
食事が終って、駅構内へ向かいます。
私は東北新幹線の下り、健一は都内へ向かう電車、ホームが別々です。
すこしでも一緒にいたい。その気持ちはふたりとも同じです。
けれどどこへ行っても人が多くてなんだか気恥ずかしい気もして手も繋げずにただ並んで歩いていました。
喫煙場所を見つけてそこで時間まで待つことに…

『仕事の事は健ちゃんの思うようにしたらいいよ。無理に近くにしなくても平気だから』
強がりでもなく偽りでもなく自分の本当の気持ちでした。
『わかってるよ。良く考えて決めるから、ちゃんと相談もするし…』
私の頭をくしゃっと撫でて言います。
『うん…』
きっとこの時にはもう健一の気持ちは決まっていたのでしょう。
新幹線の時間が近付いて私は新幹線の改札へ…
ぎりぎりまで手を繋いで…お互いに離れたくなくて
でもどうする事も出来ない事がもどかしくて…
健一の手が強く私の手を握ります。
そして次の瞬間、私を押し出すように改札へ向かわせました。振り返りながらエスカレーターに乗ります。
お互いに姿が見えなくなるまで見つめあっていました。
ホームについてすぐに電話をしました。
『もしもし…』
自分で涙声なのがわかります。
『泣いたらだめだろ』
健一も気づいた様でした。
『うん…今日はありがとう。無理をいってごめんね。それだけ伝えたくて』
『俺のほうこそ、今日は来てくれてありがとう。すごく嬉しかったよ。気をつけてな。着いたらメールするから』
『うん。私もね』
新幹線がホーム入って来ました。
『じゃあ新幹線が来たから乗るね。またね』
『おうまたな』そう電話を切りました。


帰りの新幹線の中はかなり空席が多くて2掛けの席にひとりで座っていました。
ぼーっと外を眺めているうちになぜか涙が込み上げて来て…
さっきまで隣にいた健一が忘れられなくて…
握りあった手の感触が残っていて…
流れる涙を堪える事は出来ませんでした。

帰路の一時間半…いろいろな事が頭を駆け巡っていました。
それでもこんな風に逢いに行く程の行動力が自分にあった事に驚いていたのは自分自身だと思います。


仙台についたのは5時を少しまわった頃でした。


車に乗ってさくらを迎えに行く中で自分を女から母親へと変えて行きます。


そしてこの一ヶ月後、健一は伊豆を辞めて長野へ行くことになりました。
そのままベッドへと倒れ込んで行きます。

でもその日はちょうど生理…終りかけだと言ってもそんな身体で健一に触られたくありません。

『だめ…電話で言ったでしょう』
そう身体を逃がそうとしますが
『いいから…ね』
そう言って離そうとはしてくれません。
『ねって…だめ…汚いから』
そう言って健一に腕を掴みます。
そこまでするとさすがに諦めてくれたのか少し身体を解放してくれました。
『ありがとう』
少し身体をずらします。
『でも離れちゃだめ…』
後ろからぎゅっとして離してはくれませんでした。

ベッドに横になったまま話をします。
電話やメールで沢山、話をしているはずなのに…

しばらくして
『そろそろしない?』
そう声をかけます。健一はうとうとしていたようですが…
『う?うっん』
慌てて返事をしています。
『バスルームがいいかな?』
そう言って起き上がって紙袋を手にします。
健一も起き上がっておバスルームへ
『狭いな~』
イズを洗い場において座りながら言います。
髪をカットはじめます。
伊豆には自分が思うようにカットをしてもらえる美容院がないと聞いていたので
私からカットしてあげようかと言ってカットすることになりました。
狭い洗い場であっちこっちと言いながら進めて30分程で出来上がりです。

出来上がるまで鏡を見ていない健一…
気に入ってくれるかどうか心配顔の私…
ふたりで洗面所の鏡を覗き込んでいます。
健一のまんざらでもない顔が鏡に映った瞬間ようやく私もホッとしました。
美容の仕事から手が離れて10年以上になります。
今は娘のヘアカットをする程度ではさみを握る事もないので不安でした。
でも
『おっいいねぇ~さっぱりした』
笑顔の健一が鏡に映っているのがうれしくなりました。
洗い場を掃除して健一がシャワーを浴びるというので私は部屋で戻ります。
TVをつけてお茶を入れます。
お茶を飲みながら仕事の事はどうするんだろう?今日はその話はしないのかな?
そんな事を考えていました。
シャワーから戻った健一が
『ありがとう。さっぱりしたし、由実香にカットしてもらってうれしいよ』
頭を拭きながらそう言ってくれました。
『よかった、気にいってくれて…』
なんだか照れてしまって下を向いてしまいます。
『由実香はシャワー浴びないの?』
お茶を手に聞いて来ます。
『私?私は…今日はいいよ』
そう断ると
『なんで?いいからシャワー浴びといでよ』
手を引っ張って私をバスルームへと押しやります。
う…うんどうしよう…やっぱりしたいんだよね?
取りあえずシャワーは浴びて下着をつけてバスローブを着ます。
部屋に戻ると健一はベッドに横になってTVを見ていました。

おいで…そう手招きをされて健一の隣へと潜り込みます。

髪を撫でられてそっとKISSをします。
心の中でやっぱり…どうしようほとんど終ってはいたけど…きっと愛されればまた…
『だめだよ…汚くなるからね』
そう言って断りますが
『いいよ。下着はとらないから、だからね』
そこまで行くと健一はもう止まりません…
健一に逢いに行く日です。
朝、いつもよりも少し早く家を出ます。
月に何度か勉強会で朝から出勤することがあるので家も幼稚園でも誰も疑いません。
でも心のどこかで[今日は何も問題が起きませんように…ごめんね…]とさくらを幼稚園に送りだしました。
仙台から大宮までノンストップの新幹線に乗り込みます。
往復3時間…5時には仙台に戻ってこなくていけません…一緒にいられるのはたったの5時間です。
それでもいい…逢いに行こうと決めたのは自分です。
新幹線に乗り込んでから気持ちを切り替えていきます。
妻でもなく、母でもなく…
ひとりに女になっていきます。
結婚をして、子供を産んではじめて思った事は…どうしていつも私は名前で呼んでもらえないんだろうと言う事でした。
仕事はじめてようやく固有名詞で呼んでもらうようになりましたが…それまでは『○○さんの奥さん、○○さんちのお嫁さん、○○ちゃんのママ(お母さん)』としか…
それがいつかしか当たり前のようになって、旦那でさえも子供が産まれてから名前で呼ぶことはありません…
古い友人が数人、名前で呼ぶだけで…
そんな中で健一が私を名前で呼ぶには当たり前なんだけれど…健一には一緒になってもふたりの時は名前で呼んで欲しいと話していました。
そんな事を考えながら新幹線が大宮駅にすべり込みます。
新幹線の改札を抜けて健一に電話をします。どうやら私は出る改札口を間違えた様です。
うろうとキヨスクの前で戸惑う私を健一が見つけてくれた。
その顔は安堵に満ちていました。きっと約束場所にいなかった私を心配して探してくれたんだと思います。
『おはよう。ごめんね間違えちゃって』
すまなそうに謝る私に
『おはよう。心配した。でもすぐに見つかったから気にすんな』
そう駅に出口に向かって並んで歩きます。
『夕べは遅かったの?』
『う…んっていうか朝方まで飲んでた』
苦笑いをしています。
『そうだ持って来たよ』
小さな紙袋を見せます。
『おっありがとう。じゃあ今日はさっぱり出来るな。結婚式に前だったらよかったなぁ~』
紙袋を横目で見て頭を掻いています。
人通りの多い道から横道に入って行きます。
??どこへ向かってるんだろう。そんなことを思いながらでも口には出さずに歩きます。
こんな風にふたりだけで並んで歩いてまわりを気にしないなんて初めての事です。
15分程、歩いた頃健一が私のうでを掴んでまた横道に入ります。
『どこ行くの?』
うでを掴まれて思わず聞いてしまいました。
『ここ』
健一はホテルの入り口を差しました。
あぁそうか…私はどこへ行くかも聞いてなかった私は、納得したような…驚いた様な…
いつもなら車でホテルに入るけれど今日は徒歩です。
それが妙に照れくさくて健一の後ろに隠れるように玄関を入ります。
フロントは薄暗くて、なんだか昭和にタイムスリップしたような感覚になります。
現代的なホテルじゃなくて…どこか場末の連れ込みホテルのような感じです。
フロントで鍵を健一が受け取って部屋へ…

そこも薄暗くてどうしていいのかわからなかった。

今時のホテルはかなり明るい。照明だけじゃなく、内装も明るい。
そして清潔感がある…
でもここは違っていた。
荷物をおいて私はイスではなくてベッドの端に腰掛けていた。

そのまま健一が私に前に立ってKISSをした。
お互いにまた日々の生活に追われる毎日がやって来た。

あの一週間が夢だったように思える。

健一は普段の仕事の他にも営業もこなす毎日が始まった。
飛び込み、代理店まわりと朝から晩まで働いていた。
でも新天地で頑張ろうとういう気持ちが伝わってきた。

そんな日々の中でも健一は少しずつ新しい会社の内情も見えて来たようだった。
会社を決める時に自分の力だけで決めたいと誰にも頼らずに職安やHPの求人を見て探した。
でもそこにはハッキリ言えば限界があった。
どうしても表面的な事しか見えずに内情まではわからなかったのだ。
勤めて見てはじめてわかる事も多かった。
『実はさ、会社の人に聞いたんだけど…かなりまずいかも知れないんだ…』
深刻な感じで話をします。
『まずいって何?』
よく話が飲み込めません。
『いや…実はさ給料が遅れてるらしいんだ…』
?だってそれって困るジャンか?
『どういうこと?みんな遅れてるの?健一は?』
『俺は今のところはないけど…絶対にまずいよ。俺、借金の支払いがあるからさ』
そうだよね?ばぁちゃんにも送ってるし…
『でもそれって話してあるんでしょう?もしもだよ。遅れたらどうするの?』
『それは話してあるし、一回でも遅れたら辞めるって話してもある。でもそのうち遅れるだろうから…その前に考えてみるよ』
『考えるって?』
『うーん…何かあってからじゃあ遅いから…他を探してみるよ。』
『そうか…』
『前の時は俺もどこか焦ってたから今回はよく考えて調べてから決めるよ。その為にも動いてみるさ』

そんな日々の中で毎日が過ぎます。
6月に入ったある日
『やっぱりダメだな。ここ』
声が沈んでいます。
『遅れたの?』
『いや。まだだけど…今日、業者にちらっと聞いたんだ。もう自転車送業みたいだから…遅れるのも時間の問題だろ。その前に決めないと』
焦っているようでした。
健一は消費者金融にかなりの額の借金があるため給料の遅れは絶対に困るのです。
『あてはあるの?』
『あてっていうかさ。この業界はそれなりに職業ランクきたいなのがあってさ…勤めた会社とかの業務成績とか勤務姿勢とかがあるんだ。それで個人別にいろいろとあって…それを使って職探しも可能なんだよ。前回はそれを使うのって俺らしくないって使わなかったけど…今回はそれをフルに使って探す』
『大丈夫なの?』
『いくつかアポをとった会社もあるんだ。面接も決まってるところも…だから大丈夫心配するな』
心配をするなと言われても…なぜか不安で堪りませんでした。
神戸を辞めると言った時よりももっともっと不安にならずにはいられませんでした。
『そう言えば来週、埼玉に帰るんだ。』
私が心配しているのを感じたのか?話題を変えてきました。
『ずいぶんと急だね?』
『急でもないんだ。連れの結婚式があってさ。それに出るんだ。金かかるけどお祝だし休みとって帰るよ。』
『ねぇすぐに帰るの?』
『いや泊まるよ。二次会にも出るし…どうして?』
『う…ん逢いに行っちゃったら嬉しい?』
私の急な提案に健一はおどろいているようでした。
『逢いにって…由実香がこっちにか?』
『うん…朝も早くは出られないし、帰りも早くなるから…長くはいられないけど…逢いたい…』
『金かかるだろ?』
『うん…でもこの前パチで勝ったのがあるし…金券ショップなら少しでも安くなるから大丈夫…だめ?』
『ダメな訳ないだろ…俺も逢いたい…』
そうやって私が大宮まで行って健一と逢う事に決まりました。
健一は急なことだと驚いていたようですが…私にしてみれば少しでも逢いたかっただけのことでした。
そして電話の度に職探しのこと、逢う時のことを話していました。
電車が出発してしばらくしして席に向かいます。
荷物を置いてさくらを座らせて…
私はどうしていいのかわからない程に泣いていました。
きっといつもこうなんだ…
健一は別れたあといつもこんな気持ちで飛行機に乗っているんだ。
見送る方も辛いけど、見送られる方はもっと辛いんだ。
心を引きちぎられるようなこの感覚…

嫌だ…こんな気持ちを健一にいつまでもさせたくない…
さっき別れた時の気持ちをもう一度思い出しました。

ここからお互いに本当の意味で本気になったのでしょう。
それまではどこか恋愛ごっこだったものが…

さくらもようやく落ち着いたようでふたりで電車を探検します。
東京までの急行なので乗り換えの心配もなくのんびりします。

東京駅に着いて今度は新幹線の乗り場です。
さすがにGW初日だけあってものすごい人です。
迷子にならないようにさくらの手を引いてホームへ
少し早かったけどれどどうしてもさくらを座らせて自分も座りたかったから…
切符の時間を確かめてホームで並びます。

『さくら~お腹空いたね?お弁当を買おうか?』
キヨスクのお弁当売り場を指差すと
『うん』と笑顔でうなずいて先に行こうとします。
『ちょっと待って』
後ろに並んで居た家族連れにほんの少しだけ荷物を見ていてほしいとお願いをします。
快く引く受けて頂いてさくらの後を追ってお弁当屋さんへ
でもさくらのお目当てはお弁当ではなくてお菓子です。
『さくら~お菓子はリュックに入ってるでしょう?いらないよ。お弁当を買うんだからね』
私にそう言われてもさくらはお菓子の前から離れません。
お弁当を飲み物だけを買って
『さくら!買わないってママ言ってるよ!』
ここまで言うとさすがにふて腐れたのか先にお店を出てしまいます。
追い掛けてまた並びます。
『ちゃんと新幹線でお弁当を食べたらデザートはアイスにしようか?』
さくらの目線まで身体を低くして話しかけます。
それでようやく御機嫌が治ってくれました。
新幹線でも無事に座る事が出来て仙台までゆっくり出来ました。
さくらも飽きちゃうかな?と心配もありましたが、連日の疲れもあってか大人しくしてくれました。
お弁当を食べてお約束のアイスを食べるとさくらはお昼寝モードで私ものんびりと過ごせました。
頭の中ではこの一週間の出来事が渦巻いています。

あの日の夜、叔父からの電話で九州へ行くことになり、その帰り道、健一のところへ
思ってもいない展開で自分でもこんな行動力があったなんて驚いていた。

さくらも慣れない旅に一生懸命に着いて来てくれた。
この一週間でずいぶんと大人になった感じがした。

新幹線の中で自分の気持ちを整理して行く。
そして駅には旦那が迎えに来て居た。


その日の夜は電話をしなかった。
お互いに疲れている事もあったから



こんな気持ちがあったのに何故、すぐに離婚しなかったのかと言われるとこがある。
今となればただの言い訳にしかならないけれど…
結婚は勢いで出来るけれど…離婚程大変な事はない。
子供がいればなおさらのこと…
お互いに背負っているものが重かった。

私が背負っていたもの
健一が背負っていたもの

形は違うけれど、どれも放りだせるものなどではなくて…

そんな中でも健一がもっともっと行動してくれたら…
『いつ離婚するの?』ではなくて
『迎えに行くから』と言ってくれたら…

でも健一はそうは最後まで言ってはくれなかった。
確かに離婚は健一に関係のないところでする。とは話したけれど、けっきょく
離婚の引き金になったのは健一が居たからだし…
お互いの甘さが、私にもう一歩離婚に踏み出させなかった。

健一の元へ行ってからの生活の問題もあった。

いつだったかそんな話をしていたら
『由実香って現実的だな』って電話の向こうで笑ってた。
私が現実的?離婚後の事の生活のことを考えただけなのに…
じゃあ健一は?
現実的じゃないってこと?先の事は?夢を見てるだけ?
本気になった途端にお互いの心の奥の気持ちが見え始めてきた。
健一の部屋を後にしていったん駅へ向かいます。
夕べはタクシーで来たけれど、今日は三人でお散歩しながら…

『こんな風なんだね~夕べは暗くてわからなかったよ』
まわりを見回しながら歩いて行きます。
『あんまりボロで驚いたろう?』
笑いながら言われます。でもその通りで…
でも健一が普段いる場所にいられた事に意味があるんであってボロだろうがどうだろうがそんな事は関係ありませんでした。
『確かにかなりね。でも関係ないかな?』
10分ほどで駅に着きました。
大人の足ならもっと早いかもしれませんがさくらもいるのでゆっくりと歩いて来ました。
駅のコインロッカーに荷物を入れて、少し早いけれどランチように夕べ買ったパンを持って行きます。
『これだけでいいよね?』
そう声をかけて足湯まで降りていきます。
海の近くになるので駅からずっと下へ降りていきます。
三人で手を繋いで、おしゃべりしたり、さくらと歌を唄ったりしながから…

足湯は浜辺のすぐ近くにありました。
防波堤を挟んで向こうはもう砂浜です。
『あぁーぁなんだお湯がまだ入ってないよ』
健一が残念そうにいいます。
あいにく掃除をする為にお湯を抜いてあったらしくまだお湯がありません。
『まぁしかたないよ。残念だけど。でもいいところだね~』
少し高いところから海を見ます。
さくらはもうはしゃぎまくって大騒ぎです。
健一もそれに付き合って2人で遊んでいます。
イスに腰掛けてそんなふたりを眺めていると…なんだか不思議な気持ちになってきます。
夕べの会社の人たちといい、社長さんといい…そして今、まわりにいる人たちにはさくらと健一がどんな風に見えるんだろう?
なんの疑いももたずに親子だと思うだろうか?
それとも…
自分の心の中で何かが変わろうとしていた。
今までとは違う感情が沸き上がって来る。
心のどこかでいつも冷めている自分がいた。
こんな関係なんて長続きしない。健一もきっと他にいい人が出来るまでの寄り道なんだ。
私も結局は家庭に戻るんだろう…そんな気持ちがあった。

けれどその気持ちが…たったこの二日間で薄れて行くのがわかる。
今までだってお泊まりもしてたのに、その時はこんな風に思わなかったのに…

何故だろう…
今までよりももっと強い気持ちでこの人と一緒に居たい。そう思った。
こうやって休みの日には、三人で海に来てお弁当を食べて遊んで、健一は波乗りをして…そんな日を過ごしたい。
何もなくていい、贅沢なんてしなくていい、ただこの人と一緒にこの先を暮らして行きたい。

でもまだそんな自分の気持ちを確信出来ないでいました。

『どうした?難しい顔して?』
さくらと遊んでいたはずの健一がいつの間にか隣に座っています。
『うぅん別に、いいところだなって思ってた』
今、考えていた事を健一には悟られたくなくて違う事を言います。
『だろう?由実香を連れて来たかったんだ。さくらも喜んでよかったよ』
走り回るさくらを呼んで少し早いランチにします。
『電車、何時だっけ?』
時計を見ながら聞かれます。
『12時かな?』
『そうか…もうすぐ時間だな…』
海を見ながら寂し気な声がします。
無言のままお互いの手がそっと触れてそのまま握りしめます。
何も言葉はいらないとその時に思いました。
お互いに思っている事は一緒なんです。
いつもならこんな時はKISSをしているでしょう。
でもまわりには人が沢山いますから…握りあった手に力が入ります。
さくらはまたはしゃいでいます。
波乗りをしていた人に声をかけたり、遊んでもらったり…
とてもお天気が良くてもうすぐ夏なんだと思うような暑さでした。

電車の時間が近付いて来ます。
さくらに声をかけてまた駅までの道のりを歩いて行きます。
その時にはもう私も健一も何も話しませんでした。
何かを話せばきっと離れたくない気持ちが強くなっていまう。

今までよりももっともっと近くになった。
お互い所在地だけじゃなくて…この二日間で気持ちも近くなった。

駅前のお土産屋さんで健一がさくらに記念にとハンカチを買った。
そして私にもと…
いまでもそのハンカチは手元にある。
使用しているために色は褪せてきているけれど…

ホームで電車を待つ時間、ふたりとも本当に無口になった。
さくらの声だけがする。
何をどう話せばいいんだろ…声を出す事さえも出来なくて…
電車がホームに入って来ても何も言えなくて…
健一に背中を押されて乗り込んだ。
健一の方へ振り返った時、私の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
『泣いちゃダメだって言ったろ?』
健一も涙声です。
『だ…って』
私の手の上でさくらも健一に向かって手を伸ばして泣いています。
『ほら、気をつけて帰れよ』
荷物を電車に乗せてくれます。
『…』
そのまま電車を降りようとしてしまいそうになる私の背中を健一がまた押します。
『ここにいると辛いから中に入りな』
後ろに下がりながら私に向かって言います。
『…』
首を横に振ってドアが閉まるまでその場に立っていました。
出発のベルが鳴ってドアが閉まります。
手を振る健一の唇が微かに動いています。
『あいしてるよ』と…
私も声にならない声で
『あいしてる』と…

この瞬間です。
この瞬間にさっき足湯の公園で感じた気持ちが鮮明に沸き上がってたんです。
この人と一緒にいたい。
この人と一緒になる為にきちんと離婚をしよう。
そしてさくらとふたりで健一の元へ行こう。

そう今までのどこか冷めた自分が消えていました。
ここからふたりの付き合う形が変わって来ました。
入り口に鍵をかけてもらって三人でお風呂に入ります。
健一の言っていたように温泉でした。浴槽も古くはありますがそんな感じになっています。私はヤモリがいつ出るかと不安になりながらもお風呂に入ります。
さくらも大きなお風呂に大喜び…
そしてこの事に喜んでいる人間がもうひとりいました。
健一です。
一番初めに泣いて拒否した事があったので、今回にお風呂にはいたく感激してさくらをだっこしてお風呂に入ります。
普段でもお風呂は私としか入らないさくらです。それでも場所が変わっているのとお風呂の大きさでなんとか泣かずにお風呂に入ってくれました。
私達が入っている間は他に人が来た様子もなくその点では安心して入る事ができました。
お風呂にからあがって部屋に戻りお布団の準備です。さくらは疲れて眠いのかまたおおあくびをしています。
ひと組しかない布団を掛けと敷きに別けてさくらを寝かせます。
電気を消した途端にさくらは寝息を立てて眠ってしまいました。

私と健一はそこからまた少し飲みだします。
ふんわりとした柔らかいスタンドの光の中で…
九州での出来事や日々の事…お互いにお互いの生活を話します。
『俺さ、夜、考え事したい時や疲れてる時に浜辺の方の足湯に浸かって海を見て来るんだ』
ぽつりと言います。
『足湯?夜行くの?』
『うん。昼間も空いた時間に行くこともあるけど…大抵は夜かな?電話しない時とか行って来るんだ』
そうなんだ。私の知らない健一の日常です。そのまま黙って聞いていると
『電話代の事も生活のリズムも違うだろ?そういう時はあそこへ行くんだ。夜はさ、ライトアップもされてるから綺麗なんだよ』
『そんなに綺麗なんだ』
『うん、遠くに波の音がして癒されるんだ。由実香も連れてってやりたいな』
遠くを見るような目で健一が言います。
『一緒に行きたいね、でもさくらが寝ちゃったし…』
『5分で行くけど…』
さくらの寝顔を見て
『行けないよ。途中で起きていなかったらパニックになるもの』
そうなんです。さくらは夜泣きがたまにあり、その時に私が隣にいないと泣いてパニックになるんです。健一もそれを知ってるからそれ以上は何も言いません。
そしてそのまま私を引き寄せて抱き締めます。
『無理を言ってごめんな…こっちに来てからなんだか無性に由実香とさくらに逢いたかったんだ』
少しでも近くに来れたらそんな思いだけで健一は会社を辞めてここ伊豆に来たのです。
『うぅん、私こそ迎えに来させてごめんね』
『いいんだよ。少しでも早く逢いたかったから…』
そっとKISSをします。
そしてなぜかわからないけれど今までにもないくらいに激しく愛しあいます。
『愛してる』
そして
『離れない』と言いながら…
どんなに愛し合っても、まるで砂漠の水のようにすぐに乾いて、また欲しくなってしまいます。
どんなに欲っしても尽きる事はないほどに…

どれだけの時間が過ぎたでしょうか…ふたりともそのまま眠りに落ちた様でした。

朝方、さくらが私を探します。私はさくらを抱いてまた眠ります。

朝、健一が先に目を覚まして腕の中にいない私を引き寄せます。
『おいで』
私がその声で目が覚めました。時計を見ると7時を回っています。
『そろそろ起きなくても平気?』
『あともうちょっとだけこうしてよう』
そう言ってまた私を抱き締めます。
絶対に来る事はないと思っていた健一に部屋に、今、私はいるんだ。そしてこうやって健一と寝ている。とても幸福だと思った朝です。
少ししてさくらも目覚めました。
『じゃあそろそろ起きようか?』
健一が起き上がって言います。
私もさくらも起きて着替えを済ませてお布団をたたみます。
身支度を整えて私が化粧を始めると
『ごみ捨ててくるよ。さくらも行くか?』
部屋の片付けを済ませて健一がさくらに声をかけます。
『うん、行く』
夕べと同じようにさくらは健一を追い掛けて出かけて行きます。
『言う事、聞いてね』
そう声をかけて出してあげます。
化粧が終ってもふたりは帰って来る様子がありません。荷物の整理も済ませてふたりを待っていると表から笑い声がしながらふたりが帰って来ました。
これも夕べと一緒です。
『お帰りなさい。どうしたのそんなの笑って』
健一とさくらは部屋に戻ってからもニコニコです。
『いや…ゴミ捨てにいったらちょうど社長が洗車しててさ。やっぱり昨日と同じで似てるなぁって言われちゃってさ。やっぱりおかしいよな。良く見れば似てないってわかるのに…親子って先に言ってるだけで人間っておもしろないな』
笑いながら言います。
『確かにそうだね』
さくらが私のところへ来て
『これ貰った』
とお金を出します。
『どうしたの?』と聞くと
『社長がさくらにってくれたんだ』
『そうか~ちゃんとありがとうって言えた?』
うんとうなずいてお金は私に渡します。
『偉いな~ちゃんとママに渡すんだ』
感心して私とさくらにやりとりを見ています。
しばらく部屋でののんびりしていると
『行ってみるか?』
夕べの足湯です。
『そうだね。荷物はどうする?また戻って来る?』
『戻るのは面倒だから駅のコインロッカーに入れていくか?』
その方がいいと話を決めて健一の部屋を後にします。
絶対にくる事はないと思っていた部屋。
私の知らない日常が見えた部屋。
この次はいつになるかわからないから…目に焼きつけて部屋を後にします。
新幹線に乗るとさくらははしゃぎ過ぎて疲れたのか?寝てしまいました。
私もうとうとしたかったけれど…健一がイチャイチャしたいらしく寝かせてはもらえませんでした。
『ちょっと待って…』
そう健一を制止しようとしますが…
『いや?ダメなの?こうしたいからわざと後ろに座ったのに』
と私の言う事に耳を貸してはくれません。
知ってる人もいる訳じゃないし…まぁほどほどにならと健一の好きにさせていました。
この程度で本人も喜ぶならと…
でも心の中ではきっとまわりから見たらただの馬鹿だよなぁ~いい歳してとか考えていました。
熱海に着いて乗り換えです。
いったん、伊東で降りてここで夕飯の買い物をしてまた電車で健一の住む町まで行きます。
健一の住む町に着いた時にはあたりは真っ暗で7時を回る頃でした。
荷物も多いのでタクシーで寮に向かいます。
着いたところはホテルのちょうど裏手側、あまりのぼろさに驚いてしまいます。
部屋に入ると今度はその狭さにびっくり…
健一も
『狭くてごめんな。でも前の部屋だと泊められないから…こっちに引越しておいてよかったよ』
部屋には小さなTVと冷蔵庫が…そして小さな机には本が沢山並んでいました。
狭いながらも綺麗に整理されたその部屋は健一らしいなぁと思いました。
その時、ふとある物が目につきました。
??なんでこれがここにあるの?その時はあまり深くは考えませんでしたがその事はなぜかずっと頭の中にありました。

『さて夕飯にしようか?』
スーパーで買ったお惣菜とお寿司を並べて夕飯にします。
私と健一はお酒を飲みながら、さくらもお腹が空いたのかのり巻きやおかずを美味しく食べます。
『こんなんでも三人で食べると上手いよな』
しみじみ言う健一に
『そうだね』と相づちを打ちながら
食事は進んで行きます。
『そうだ。こんな寮でもさ、お風呂は温泉なんだ。後で入ろうな』
『温泉なの?楽しみ~湯舟もおっきいの?』
さくらを顔みながら健一に聞くと
『うん…大きいよ。ただね…』
??なに?その言い方は?
不思議そうな顔で健一を見ると
『あのさ…脱衣所にイモリが出るんだ』
『ええーーーやだーー怖いよ』
私は爬虫類が死ぬ程ダメなんです。
見てびっくりすると大変だからと教えてくれたようですが…これではもうお風呂どころではありません。
食事が終って一息ついていると
『上でマージャンしてると思うから、おみやげ置いて来るよ。さくらも行くか?』
立ち上がってさくらを見ると
『行く-ー』と後をついて行ってしまいました。
ふたりが部屋を出ると携帯が鳴ります。
家からです。
『おう。東京はどうだ?楽しいか?』
旦那が心配して電話をくれました。
『楽しいっていうかさ~動物園休みだってよ~信じられる?明日からはGWだっていうの!』
『ひとバカにしてるな~でさくらはどうしたんだ?』
『さくらは目の前にあった乗り物が沢山ある公園で遊んでそれはそれで楽しかったと思うよ。今はもう寝ちゃった』
電話に出せと言われるとまずいと思って思わず嘘をついてしまいました。
『そうか。寝たのか。疲れてるんだろ。明日は何時になる。そう言えばかなり混むらしいけど切符はもう買ったのか?』
『うん。切符は今日買ったから大丈夫。明日は6時過ぎにつくのでゆっくり帰るから』
『わかった。じゃあ駅に迎えに行くから。お前も早く寝ろよ。おやすみ』
『おやすみなさい』
電話を切って少ししてふたりが笑いながら戻って来ました。
『いやー参ったよ』
頭をかく健一に
『どうしたの?』
そう聞くと
『いやーだってさ会社の人が俺とさくらが似てるねって言うからさ。おかしくて』
『似てる?さくらと健ちゃんが?』
私も思わず噴いてしまいます。
『だろ?でも女房と娘が来るって話してたからお世辞で言ったのかもしれないけどさ。でもそれだけじゃなくて…』
また健一は笑っています。
『?なに?他にもあるの?』
うなずきながら
『うん。みんなマージャンしてたろ?やってる人の膝にちょこんと座って部屋に戻ろうって言ってもいやーってさ。参っちゃったよ。これはこれはって聞いて手の内をしゃべっちゃうし…』
あややそれは会社の人たちも災難で…
そんな話をしているうちに
『そろそろ風呂に入るか?ふたりとも疲れてるだろ?』
お風呂の準備をはじめますが…私はさっきのヤモリの話が怖くて…でも暑かったから汗もかいててお風呂には入りたい。
『さっきのやもりか?』
聞かれたのでうなずきます。
『大丈夫だよ。出るのは脱衣所だけだから』
『脱衣所だけって…やだよ』
取りあえずお風呂場に向かいますが…やっぱり気になってしかたがありません。
しまいには
『もしかしたら会社の人が入って来るかもしれないけど、話してあるから気にしなくていいからな』
そう言って男風呂の方へ入っていきました。
どうしよう…やもりに会社の人??男風呂に追い掛けていって健一に声をかけます。
『ねぇ一緒に入ったらダメかな?ヤモリ怖いよ』
トビラ越しに言うと健一が出て来ます。
『俺はいいけど…こっちも人が入って来るかもしれないよ?それでもいいの?』
それは困るけど…あっそうだ
『鍵かからないの?鍵かければ平気でしょう?だからね。こっちに入っていい?』
そう言うとさくらの手を引いて男風呂の脱衣所に入って行きました。
次の日の朝、叔母さんにお礼を言っておじいちゃんの家を後にします。
駅までは叔父が送ってくれました。
『本当にいろいろとありがとうございました』
ホームでお礼を言って頭を下げます。
『いやいや。かえって遠くから悪かった。でも由実香だけでも来てくれてよかった。覚のことは叔父さんも心配してるから、そのうち電話をいれるから。由実香も家庭があって大変だろうけど、義理姉さんは由実香だけが便りだからよろしく頼むな』
『はい。あと書類は揃ったら送って下さい。その事は叔父さんに一任しますので。じゃあ本当にありがとうございました』
時間になって叔父とはお別れです。
来た時とは違うルートを使ったので福岡まで半分以下の時間で着きました。
それでも飛行機の出発時刻のぎりぎりです。
空港で健一に頼まれていたお土産を買います。
『もしも時間があったらカステラを2つ会社にお土産に買って来て欲しいんだ』
そう電話で言われていたので。まぁ健一の説明からすれば…やっぱり立場的にお土産は必要でしょう。それを買って飛行機に乗り込みます。
羽田行きの飛行機だけあってジャンボ機でさくらも来た時に乗った飛行機とは違う内装や装備に興味深々、離陸してから何度、呼び出しボタンを押してアテンダント?昔で言うスチュワーデスさんを呼んだ事やら…最終的には娘の座席のボタンは呼び出しが出来ないようにしてもらいました。
はしゃぐ娘の隣で何故かパッと晴れない気持ちの私がいました。
どうしてなんだろう…逢える事が嬉しいはずなのに…
もっとウキウキしててもいいはずなのに…
きっと疲れてるからなのかな?逢えばきっと気持ちは変わるから…
そう考えて少しずつ自分のテンションを上げて行きます。
羽田までも1時間ちょっとの間に…
羽田に着いて健一に電話を入れると
『お疲れさま~出口で待ってるから』
弾んだ声がします。
逢うと決めてここまで来たんだから、こんな疲れた浮かない顔をしないで笑顔で逢おう。
そう出口に向かって歩いて行きました。
一番遠い出口でさくらの歩く早さに合わせていたので一番最後になっていました。
出口のガラスドアの向こうで健一が手を振っています。
荷物を受け取って健一に方へ歩いて行くと健一がさくらに声をかけます。
さくらは自分が呼ばれている事に気づいて駆け寄って行きます。
『さくらーお帰り~』
健一がお帰りって言うのも変だなって思いながら近付いて行きます。
『お帰り』
さくらをだっこして荷物を受け取ります。
『ただいま』
ひさしぶりに見る健一です。
『さて取りあえずモノレールに乗って行くか?』
健一が先に歩いて行きます。
健一に隣に早足で並びます。
さくらは健一に腕の上でニコニコしながら話し掛けています。
モノレールに乗って
『これからどうする?』
『うーん取りあえず上野動物園に行こうか?そこへ行くってことで東京に寄る事になってるから…いかないとあとで困るでしょう?』
『それもそうだな…じゃあ上野に行くか?』
上野駅に着いていったん荷物をコインロッカーに入れます。
お昼を過ぎていたのでお昼を先に済ませてそれから動物園へ
上野動物園までさくらはおおはしゃぎで歩いたり走ったりします。今日も朝から電車、飛行機と歩く事がなかったので自由に出来る事が嬉しくて堪らないようでした。

動物園の前までいくと…ガーンその日はなんと休館日。
おいおいGW初日に休みですか?
『こんなのありなの??』
思わず声が大きくなります。
『まじかよ?どうする』
ふたりでそんな話をしていると…さくらは別のものを見つけてそこへ走っていきました。
『さくらーー』
そこは幼児用の乗り物が沢山あるミニミニチュアの遊園地みたいな場所です。
『さくらーーまぁ仕方ないか?動物園も休みだしね』
健一も仕方ないという顔でさくらを見ています。
しばらくここで遊ぶ事にしました。

『由実香?体調悪いだろ?顔色悪いぞ』
私の顔を覗き込むように聞いて来ます。
『ごめん、実は少しね』
ベンチで休んでると健一に声をかけて座ります。

休んでいると健一とさくらも休みに隣に座ります。
『今夜はどうする?』
うん?そうだ今夜の泊まる場所。健一に言われてハッとしました。
『健一はどうするの?』
『俺?俺は伊豆に来て貰えたら嬉しいな…』
『…』
どうしよう…かなり疲れてるし、また電車で移動になるのはしんどいな…
『ねぇ、上野にホテルとってそこへ泊まったらダメかな?』
健一が考えて少し間をおいて、
『俺さ、明日は昼から仕事なんだ…だからんもしもこっちに泊まるとなると朝早く帰らなくちゃいけなくなるんだ…』
申し訳なさそうに言います。
そうか…こっちに泊まれば朝には別れなくちゃいけないんだ。でも私が伊豆に行けば健一の出勤時間までは一緒にいられるんだな
『うーん。私は行けば一緒にいられる時間は長くなるんだね』
『でも疲れてるんなら無理しなくていいよ』
『う、うん。せっかくだし伊豆に行こう』
『ありがとう。じゃあそろそろ行くか?遅くなってもな』
さくらはまだ遊びたいと駄々をこねますが言い含めてまた駅まで戻ります。
初めは急行でと話していましたが私の体調も考えて新幹線で熱海までそこから急行に乗り換えをする事になりました。

この伊豆行きが私の心に大きな変化をもたらす事を私はこの時はわかりませんでした。
ここまでの私はいつも心のどこかに冷めたものを持っていました。
こんな風に言っていても、この人はいつかはいなくなるんだ。
だからその時に私はいつでもまたひとりで頑張れるように深く思い過ぎてはいけない。
愛していない訳じゃない。ただいつでも別れを切り出されてそれを受け入れる事が出来る様に…
まだ若いこの人を年上の既婚の私が引き止めてはおけないんだ。
そんな風な気持ちをいつも持っていました。
慌ただしく九州での日々が過ぎて行きました。
お通夜に告別式、火葬と…
ところ変わればとういう言葉の通りにお通夜も告別式も全てが勝手が違います。
何もわからないのでまわりに従います。
初七日までいると話していたので、何もない時は親戚の家に行ったり、叔父がせっかく来たのだからと私と娘を観光案内してくれました。
健一からも毎日電話が入って来ています。
夜のほんの少し空いた時間に…
そんな中で
『帰りはすぐに仙台に帰るの?』
急にこんな事を聞いて来ました。
『そのつもりではいるけれど…どうして?』
『いや…こんな事は滅多にないからさ…』
『滅多にないから?』
『うん…成田で降りない?』
『成田で?』
『うん…逢いたいんだ』
しばらく返事に困ります。
『うーん…私は逢いたいけど。家に聞いてから返事してもいいかな?下手にこっちにいるって嘘をついておじさんに迷惑かけたくないんだ』
考えてそう答えると
『そうだよね…叔父さんに迷惑かけられないよな』
『ごめんね。今夜、考えて明日、返事するから』
『わかった。無理しなくていいから』
『うん』
一晩考えます。自分の気持ちを考えれば逢いたいけれど…どうしたらいいのか…
次の日、家に電話をします。
『あのね。明後日帰るんだけど、せっかくだから東京で遊んで行きたいんだけど、いいかな?』
『東京?』
旦那も驚いてはいる様です。
『うん。こういう機会ってなかなかないし…どうせなら成田で降りて上野動物園にでも行こうかな?って思うんだけど。どう思う』
『まぁ確かにそれもそうだな…そっちではふたりとも気を使って疲れてるだろうし…遊んで来てもいいんじゃないか?』
こんな風に言ってくれる旦那に心苦しい重いものがのしかかって来ます。
『じゃあ明後日、こっちから戻って東京で一泊してから新幹線で帰るね』
『GWだから新幹線混むぞ』
『でも始発駅に東京から乗れば大丈夫だよね?』
『そうだな。じゃあ帰って来るのは明々後日だな』
『うん。夕方に仙台に着くようにするから』
『こっちに着く時間を後で連絡して、駅まで迎えに行くから』
『わかった』
東京に途中下車?する許可は旦那から貰いました。
でもどこか心が…でもこんな気持ちは誰にも悟られてはいけない。健一にも…

その日のうちに健一に成田で降りる事をメールします。
夜にまた電話が来ました。
『○○さんいいって?』
私の気持ちと裏腹に健一に声は上嬉しさで弾んでいます。
『うん…』
『実はさ、俺、休み貰ったんだ』
『本当に?なんて言ったの?』
『いや…実は別れた女房と娘が逢いにくるんで休みが欲しいって』
別れた女房?娘?
『どういうこと?』
不思議に思って聞いてみます。
『う、ん、実はさ、頻繁に由実香から荷物が来るだろ?それでいちいち説明するのが面倒なのと、部屋に由実香とさくらの写真とかあるだろう?それで同僚が部屋に来た時に誰ですか?って聞かれて…とっさにさ、別れた女房と娘だって話しちゃったんだ。借金が出来たから迷惑かけない為に一旦離婚して、支払いが終ったら復縁するって…』
はぁ?そんな事を言ってるの?まぁ私は直接関係のある人たちじゃないし、私のまわりには聞こえてこない話だからいいけど…
『…そんな風に話してたんだ』
『ごめんな。勝手に話し作って…』
『構わないけど…まわりはそれで?』
『俺に借金があるってことはまわりも知ってるし…今時、そんな話もめずらしくないから。ましてこういう職業は特にね』
『健ちゃんはいいの?そんな風に言って?』
『俺は構わないよ。気持ちの上ではそのつもりでいるんだし、借金が終れば迎えに行くつもりなのは本当だし…』
『…』
本人がそう言ってる以上、私には何も言えませんでした。
でもそんな風に思ってくれるのが嬉しいのか?それとも重荷に感じたのか?とても複雑な思いでこの話を聞いているもうひとりの私が居ました。

初七日も終り、叔父に事情を話します。
『明日、帰ります。長い間お世話になってすいません』
『そうか明日帰るのか?せっかく東京に寄って行くなら一緒に帰れればなぁ~うちに寄っていけって言えるんだけど。おじさん達は後かたずけにもう二.三日いるからな』
『いえ、叔父さんにも、叔母さんにも随分とお世話になりました。ありがとうございます』
おふたりに改めて頭を下げます。
『荷物はどうする?お土産も多いしな』
先日、観光案内してもらった時に叔父に名産品をおみやげにとたくさん買って頂きました。こんなに悪いからと話しても
『いいから、いいから』とあれもこれもとそれこそ物産市でも開けるくらい…
『エリちゃんに手伝ってもらって着替えとかと一緒に梱包したので宅急便で送ってもらってもいいですか?』
昼間のうちに荷物の梱包を終っていました。
それを叔父に頼んで次の日帰る事になります。