ふわりと香る紅茶の湯気の向こう、窓の外の穏やかな午後の景色を眺めながら、私は目の前のフルーツタルトにそっとフォークを入れた。数ヶ月前、ここでカフェラテを前に溜息をついていた自分が嘘のようだ。あの頃の私に、今のこの満たされた気持ちを教えてあげたい。そんなことを考えていたら、ふいにあの日の声が耳の奥で蘇った。
「それがね、ビットコインFXってやつ！」
パート休憩中、隣に座ったユキが、目を輝かせながら言った一言。あの時の私は、その言葉の響きに含まれた怪しさと、未知の世界への漠然とした恐れで、ただ曖昧に相槌を打つことしかできなかった。まさか、あの言葉が、私の日常をこんなにも鮮やかに変える魔法の呪文になるなんて、想像もしていなかったのだ。
ユキの言葉をきっかけに、私は恐る恐る「ビットコインFX」の世界に足を踏み入れた。最初は本当に戸惑いだらけだった。専門用語はちんぷんかんぷん、チャートのグラフはただの線の集まりにしか見えず、夫のタロウや息子のコウタの心配そうな顔が、何度も私の決意を鈍らせた。「やっぱり私には無理なのかも…」と何度も思った。初めて自分のなけなしのお小遣いで取引し、あっという間に失った数百円の損失は、金額以上に私の心を重く沈ませた。パートと家事に追われる中で、深夜に眠い目をこすりながら慣れない分析をする日々は、正直辛い時間も多かった。
転機になったのは、損失続きで心が折れかけた時、「このままじゃダメだ」と一念発起して自分の失敗と向き合ったことだった。取引記録をつけ、なぜ負けたのかを徹底的に分析した。感情に流されず、自分で決めたルール、特に「損切り」を厳守すること。それがどれほど大切か、身をもって学んだ。地道な努力を続け、少しずつだけれど、自分の分析とルールに基づいた取引で利益を出せるようになった時の喜びは、今でも忘れられない。それは、パート代とは違う、自分の力で掴み取った確かな手応えだった。
私の変化は、家族にも伝わったようだ。最初は「危ないんじゃないか」と心配していたタロウも、私が真剣に学び、少しずつ結果を出していく姿を見て、何も言わずに見守ってくれるようになった。時折「無理はするなよ」と声をかけてくれる彼の優しさが、今は素直に嬉しい。コウタも「お母さん、最近なんか楽しそうだね」と、以前の呆れたような表情ではなく、柔らかい笑顔で言ってくれるようになった。家族のそんな変化が、私にとっては何よりの励みになっている。
今、こうしてカフェで値段を気にせず好きなケーキを選べるようになったのは、経済的な余裕ができたからだけではない。自分で考え、学び、行動して得た成果が、自信という名のスパイスを私の日常に加えてくれたからだ。ユキのあの「ビットコインFXってやつ！」という言葉は、単に新しい副業を紹介するものではなかった。それは、現状を変えたいと願っていた私に、勇気を出して一歩踏み出すきっかけをくれた、未来への招待状だったのだ。目の前のタルトの甘酸っぱさが、私の新しい挑戦の味のように感じられた。私の物語は、まだ始まったばかりだ。
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