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もしも 話す言葉が目に見えたら どんなかたちをしているだろう。
たとえば 美しい言葉は 花のかたち
色とりどりの花びらとなって 唇から ばらばら 舞い落ちる。
                        (おーなり由子 作)


きれいな絵本ですね。

言葉が目に見えたら、人はどんな言葉を発するのでしょうね。
きっと もっと使い方に気をつけるのではないでしょうか。
目に見えないから、ついつい いいかげんに使ってしまう。
本当は言葉はとても大切で、自分の使い方ひとつで 人を傷つけもするし、救われたりもする、自分の発信した言葉が今の現実を作っているといっても過言ではないでしょう。


誰かを傷つける 言葉が 針のかたちをしていたら どうだろう 
話す度にとがった針が口から発射されて
相手に刺されるのが 見えたとしたら
目の前で 突き刺さる針 思いもよらない言葉が
相手に刺さるのを見るかもしれない。
刺さった場所や 血の滲んだ傷口まで見えるとしたら
言葉の使い方は 変わるだろうか。


この絵本を読んだ時 わたしは この文章に反応しました。
人に傷つけられたことも 傷つけたことも
みなさんあるのではないでしょうか、
私もあります。
その時 言葉が目に見えたら こんな風に見えてしまう。
時に言葉は刃物にもなることを気づかされます。
傷つけた言葉は自分にも、そして回りまわって自分の大切な人たちにも傷つけた言葉が返ってしまうから。自分に返るよりも辛い事です。そう思うとわたしは もっともっとやさしい言葉を使いたい。
やさしい言葉はやさしさを呼ぶから。


花が うたいますように
ひかりが わらいますように
かなしみが ぬれたみどりの葉っぱのように
まもられますように

たいせつな ひとに
花のようなことばを とどけることが できるように

とどいたことばが
こもれびのように
わらいますように


この文章のことばが わたしの 祈りであり願いです。