昨日は『元』の誕生日でした

生きていたら
…いくつなんでしょう

分かるけど 触れません

子供達は誰も
“誕生日”を口にしませんでしたから
覚えて無いんでしょう

かあちゃんも あえて触れません

かあちゃんの誕生日だって
覚えて無いのに
(覚えやすい『建国記念日』)
『元』のを覚えてたら
かあちゃんが拗ねる

色々ありすぎた相手ですし
“誕生日”って 記憶に刻まれるから
(かあちゃんの場合は…ね)
“昨日”が何事もなく
嫌な事が無いまま過ぎて欲しい
毎年 そう思います



昔…

「あなたは 朝起きて来ないから
見に行ったら“亡くなってました”
そんな亡くなり方をしそうだね(笑)」

そんな話をした事がある

離婚して 
住まいを別った後も
それが引っ掛かってた

亡くなった知らせを聞いた時

『来るべき時』が来た…

そう思いました

その知らせを受けた日が
かあちゃんの誕生日

どこまで恨まれてるのか

失踪とモラハラが
離婚原因なのに

「嫁が俺を理解しなかった」

…と
思い続け言い続けていたから
恨まれてるとは思ってたけど
かなり凹みましたよ

自分が家族を捨てたのに
捨てられた…だって

そのあたりが
モラハラのモラハラたるところですね

『元』の亡くなった知らせを受けた
その頃から
精神的に不安定になり始めた気がします

カウンセラーは

「思い出すのが良くない」

…と言うけど
無理だと思いませんか?

これから先も
生きている限り
ついて回るんだと思います

だから
膝を抱える様に
“じっ”として
その日が終わるのを待つ


それが
かあちゃんにとっての
最善の方法だと思います