はじめまして。現在大学1年生のpaniniです。
私は高校1年生時の健康診断で側弯症が発覚し、以来ずっと側弯症に悩まされ苦しんできました。
そして今、側弯症の手術を受けることを決心した今、私が手術を決心した過程や今後の闘病生活についてなどをここに少しずつ書いていきたいと思っています。同じ病気で悲しい気持ちになっている方と気持ちを共有するとともに、患者さん本人はもちろん、お子さんが側弯症で心配されているご家族の方の力に少しでもなれることを心から願っています。
私は高校1年生の時上49度、下39度のS字の側弯症と診断され、医師にコルセットを着用するよう言われましたが1~2か月ほどで挫折しました
なぜなら、とりあえず締め付けが不快だったのと、汗のせいでよく風邪を引くようになってしまったからです。結論から言うと、人によって違いはあると思うので何とも言えませんが、コルセットを一切しなくなっても、私の場合曲がりは進行しませんでした。また女の子の場合、生理が来る時に一気に曲がりが進行すると医師から聞きましたが、かなり平均より遅い高3の時に来た初潮前後でも曲がりの角度は変化しませんでした。そしてなんと、整体に通ったりやストレッチをしてた時は上39度、下36度までよくなった時もありました。医師も不思議がってたことを覚えてます
受験やなんだでストレッチを辞めたらまた元に戻ってしまいましたが…![]()
また私は小学1年生から中学2年生までバレエをやっていて部活も6年間ダンス部に所属し、ダンスはなくてはならないもので私のアイデンティティーでした。踊ることが本当に好きなんです。しかし高校時代の部活動では度々、左右非対称の体では思うように美しく踊ることができないと感じることもありました。普段の見た目も右の肩甲骨が出っ張りが気になり始め、着たい服を思いっきり着ることをあきらめることが多くなりました。「手術をしたら大好きなダンスができなくなる、でも見た目をきれいにして右肩と左腰の張りも治したい。」この葛藤に何度も苦しめられました。50度前後の曲がりの患者は手術を強制されるのではなく、多くの場合患者の意思に任されると思います。なので私は、高校3年生の時は大学受験にが集中し一旦側弯症の事を後回しにすることにしました。とはいっても、勉強している間右肩と左腰の筋肉?が張り、痛みを感じることが多かったので完全に忘れれことはできませんでしたが。そして今年の春、晴れて第一志望の大学に合格し再び側弯症と向き合うことになりました。
私が手術を決心した1番の理由は、メンタル面が限界だったからです。半年に一度の検診に行くたびに医師から、手術を考えていい角度であること、今後も曲がりが進行していき苦労が増える可能性が高いことを警告され、な帰り道に自然と涙が出てきて頬を濡らし、悲しみや誰のせいにもできない怒りを親にぶちまけてみんなを悲しませることにとに飽きたし疲れたんです
私の決断に親も友達も温かく賛成してくれました。大好きなダンスは半年から1年はお休みしなきゃだけど、ダンスは逃げないしまた始めればいいと思えました
サークルは部活と違って、長い活動休止も許されるので元気になったらまた戻るつもりです!ちなみに私はフラッシュモブに入ってます
めちゃくちゃ楽しいです(笑)
そんなこんなで現在私は8月下旬に控える手術に向けてMRIをとったりなど準備を進めています。大きな決断をした自分を誇りに思い、支えてくれている家族、友達に本当に感謝してます。特に母と父は大金を払って手術を受けさせてくれるので出世払いは必須だなとつくづく感じてます![]()
ダラダラと長くなってしまいましたが、現在までの私の闘病生活は大体こんな感じです。これから自己血や手術、術後の生活などの感想を随時ここに述べる予定です!一人でも多くの方の参考になれたら嬉しいです。
最後までお付き合いいただきありがとうございました!!明るく元気に前を向いて歩いていきましょう![]()