「ぐ・・・っ」
力任せに握り締めた拳が洋服ごと持ち上げ喉元を圧迫して、更に苦しそうに呻く。
一瞬でも改心を信じようとした自分の愚かさと、『相葉雅紀』を私欲に利用しようとしたり、都合が悪くなった途端己の保身に巻き込んだり、どこまでも自分勝手なこの男に怒りで我を忘れそうになった。
「や、やめて櫻井くん!!」
そんな俺を引き戻したのは『相葉雅紀』本人で。
「オレっ、大丈夫だからっ。何もなかったからっ、だから櫻井くん、この手緩めて?」
「相葉・・・」
そう言って『相葉雅紀』は俺の腕にそっと触れてゆっくりと解いた。
痺れが残るほど強く握り締めていた手が男の体から離れた。
苦しそうに呻いていた男は激しく咳き込みながら扉に背を預けズルズルと座り込んだ。
「大丈夫ですか?」
『相葉雅紀』はしゃがみ込み、男の背をさすり続けて呼吸が落ち着くまで介助を続けた。
二人から少し離れて自分自身の息を整えながら、そんな様子をどこか冷めた目で見ていた。
俺の方が先に動けるようになり、『相葉雅紀』の肘を掴んで引っ張った。
「行くぞ」
「え・・・、でも、この人まだ・・・」
驚いたように俺を見上げる。
「みんなを待たせてるんだぞ。早く戻らねぇと迷惑だろ」
こんな目に遭ってもまだソイツの心配するとか嘘だろ?どんだけお人好しなんだよおまえは。
そう思いはするものの、その人の好さに付け込むような言い方をする俺も俺だけど。
「あ・・・、そ、そっか。そうだよね。ごめんなさい」
肘を掴んだまま動き出すと、慌てて立ち上がりよろめきながら着いてくる。
小走りで後部デッキまで戻ると『相葉雅紀』が何かを思い出したかのように振り返った。
「なに?」
「あ・・・オレ、着替え向こうに置いてきちゃった」
だーかーらー。
おまえが一人で戻ってどうすんだっての。なんで自分から飛び込もうとするかなあ。
何のために俺が来たのかとか、自分のことよりおまえのことを心配してるカズのこととかちょっとは考えろよ。さすがに若干イラッとした。
取りに戻ろうとするから俺は肘を掴んでいた手を緩めることはしなかった。むしろそこから手を滑らせ『相葉雅紀』の手をぎゅっと握ると、途端に緊張の糸が張り詰めたのが分かったけど気づかない振りをした。