ホテルに一歩足を踏み入れると、ブライダルフェアの日独特の雰囲気が漂う。
宿泊者たちが日々の喧騒を忘れ寛ぐ穏やかな時の流れではなく、どこかふわふわと浮き足立つ華やかな空気と緊張感を纏うこの時間が、空間が好きだった。
いつものように勤務中の馴染みの顔ぶれに挨拶しながら目的地へ向かう。
エレベーターを降りると会場から既に賑やかな音がしていて、模擬披露宴のセッティングの真っ最中で四方の壁や各テーブルが装花で豪華に飾り付けられ、曇りなく磨き上げられた食器が丁寧に並べられていく。
そうやって誰もが忙しなく動き回っているのに、どうして僕は見つけてしまうんだろう。
会場の一番遠いところにいるのに、何故誰よりも何よりも早くそこに目がいってしまうのか。
見慣れた首から肩にかけて撫でてく下り坂みたいな肩と厚みのある背中。
こちらに背を向けて立っているから顔なんて見えやしないのに、間違いなく分かってしまう。
見間違えたりしないんだ。
絶対に。
それが嬉しいのか悔しいのか、悲しいのかそれすらもう今の僕には分からない。
演台を挟んで奥に立っていた二宮さんが最初に僕に気付いて手を挙げた。
僕は会釈でそれに応える。
そして二宮さんの動きを見てしょーちゃんが振り返った。
ああ、ほら。やっぱり今日もイケメンはイケメ…、
「は?!しょー…、はぐっ!!」
ここでは決して呼んではならない方の名前を口にしそうになって慌てて両手で塞ぐ。
え?ちょっと待って。なんで?どういうこと?てか、アンタ誰?
あの後ろ姿はしょーちゃんで間違いないのに、振り返ったその顔はしょーちゃんじゃない?
目を細めて見ても、ここからでは少し距離があってしっかり顔が確認できない。
しょーちゃんだと思った人はしょーちゃんじゃないかもしれないけど、ここにいるってことは関係者には違いない。どっちにしたって挨拶はしなきゃいけないんだし、他の人の仕事の邪魔にならないよう気を付けながら早足で3人の元へ向かう。
「おっ、おはようございますっ。先日はご迷惑をおかけしてすいませんでしたっ」
辿り着いて碌に顔も見ないですぐに頭を下げた。
「おはよう」
「おはよう、相葉ちゃん」
「相葉くん、おはよう。こないだは大変だったね。今日の体調はどう?無理だと思ったらいつでも言ってくれたらいいから」
いつも通りのみんなの声。
ちょっとぶっきらぼうな二宮さんと、和やかな大野さん。そして、甘くて優しいしょーちゃん。
僕の体調を心から気遣ってくれているのが今、僕の背に添えられた手からも伝わってくる。
しょーちゃんだ。
僕の知ってる櫻井翔は、この人だ。
いつものしょーちゃんだ。
「体調の方は大丈夫です。今日はよろしくお願いします」
あれ。なんか意外と大丈夫かも。もっと緊張するかと思っていたのに。
隣に並んでいてもなんともなくて、ホッとした。