side M
かつて俺もネットで調べ物をしている最中に検索ワードで『翔潤』なる言葉があることを知った経緯がある。
更に俺たちのグループには様々な呼び名が存在していて、『磁石』『モデルズ』『泣き虫』などすべてにカップリングが成立していることに驚いた。
俺たちの度を越した仲の良さが理由のようだけど、『櫻葉』や『山』という組み合わせが少し多めなのは俺的には面白くないと思ったことがある。
山においては『山夫婦』とも呼ばれ、俺らは『風っ子』と子供扱いだ。
俺らってそんな目で見られてんの?と世間の想像力の豊かさに一瞬、開いた口が塞がらなかった。
でもそれはそれで自分にはない発想で新たな発見ともなり、コンサートの演出などで参考にはなった。
予定時刻になってスタッフに呼ばれスタジオに移動して、中で待っていたスタッフ達と挨拶を交わしながら指定された位置に腰を下ろし、準備が整うのを静かに待つ。
自分たちの周辺を様々な人間が行き来して光の加減を調整したり、撮影に使用する小物類が不必要に写り込まない位置に置き直したりして、それが終わると自然な感じで撮影が始まった。
今日のカメラマンとは付き合いが長いので、ゆるい感じでテーマが伝わればそれで撮影が出来るからやりやすい。
今だって、わざわざ撮影始めますとか挨拶なんてないまま、既にカメラのシャッターはきられているし。
「…それで翔さんとはいつ会えるわけ?」
「ん~、今日の晩には帰京して、あとはこっちにいられるはずだけど。明日、明後日はオフのはずだし」
ニノとお互いにしか聞こえないボリュームで話しながら背中合わせでクスクス笑い、次々と焚かれるフラッシュを受ける。
「そっか。やっと少しゆっくり出来るんだ」
「うん、本人は仕事があるのは有難いことだっつって喜んで駆けずり回ってるよ」
体ごとカメラの方向いて下さいと注文が入り、2人してゴソゴソとおしりを軸に回転している様子がおかしくて自然と笑ってしまう。
「ふふ。それは翔さんらしいね」
「ね」
三角座りをして隣にいるニノにこつんと頭をぶつけると小声で『石頭』と呟かれた。
「…潤くん、なんか吹っ切れた?雰囲気かわったね」
「そう?」
「うーん、なんて言うか、なんか『松本潤』にハマってきた感じ?」
「なにそれ、意味わかんねーし」
どこが変わったかなんて自分ではまったく気づかないけど、それが良い方向への変化ならいいな、と思う。
撮影が終わり、あがったばかりのデータを一緒に確認させてもらう。
やっぱりニノの横から見た時のフェイスラインは綺麗だなと改めて感心していたら、女性スタッフから陶然とするような吐息が聞こえた。
私この写真好きですと誰かが言えば私も、とか、私はこの写真が…とサムネイルに表示される数々の写真の中から好みを言い合いはしゃぎだす。
最後の方で撮影された写真がスタッフの評判が良くて、当事者そっちのけで盛り上がっている間俺とニノの居心地の悪さったらなかった。
収拾つかない様子にカメラマンも苦笑しながら、納得いく撮影が出来たようで撮り直しはなく時間通りに終わることが出来た。
この後はお互い別行動になり、俺は用事があって事務所に向かった。
マネージャーを下で待たせたままエレベーターで目的の階に向かい、扉が開き一歩踏み出したところで我が目を疑った。
え…?
瞬きをする一瞬の内に、その姿は廊下の奥にある扉に吸い込まれ見えなくなってしまったけど、見間違いでなければ、いや、俺があの人を見間違うはずがないんだけど、垣間見えたのは翔さんの姿。
今日の夜に戻るって聞いてたのに、なんでここに?
眉根を寄せて扉を凝視する俺に、別の扉から出て来た事務所の人間が声を掛けた。
「松本さん。お待たせしました、こちらになります」
「…あ、ハイ。ありがとうございます」
手渡された荷物を受け取る間も意識は完全にさっきのことに持って行かれたままだった。
翔さんからは何も聞かされていない。
戻るのは今日の夜だと昨日の夜電話で話した時には言っていた。
どういうことだろう。
俺は、また、翔さんに隠し事をされてる…?
咄嗟に嫌な予感に囚われそうになったけれど、不思議と不安ではなかった。
きっと何か理由があって今ここにいるのだろう。そしてそれに自分が関係している気もした。