side M

 

 

翔さんを風呂に入るように着替えを渡して追い立て、自分用に温かいカフェラテを入れてソファに座った。

一口含めば、内側から外側に向かって温もりがじんわりと染み渡って自然と吐息が零れる。

 

手にしたマグカップを見つめ、両手で包むこむ。

翔さんと色違いで揃えたイニシャル入りのマグ。翔さんは赤でS、俺は紫でM。

 

さっき翔さんに抱きしめられて、今ここでこのカップでラテを飲むことで、やっと俺は家に帰って来てるんだと安心する。

どこかに感じる自分以外の誰かがいる気配。

ゆっくり瞬きをして、目を開けても見慣れた風景が広がる。それだけで自然と頬が緩む。

 

こここそが俺の家。俺たちの城。何事にも侵されることない聖域。

 

もう一口ラテを口にした時、パンツのポケットに入れっぱなしだった携帯が着信して震えた。

手にとれば表示は『カズ』で、画面をタップして応答する。

 

 

「はい」

 

『…あれっ?』

 

 

電話の向こうから戸惑うような声が返ってくる。

 

 

「松本ですけど?」

 

『あれ、早いな』

 

 

今度はどこか不満げだ。普通、出るのが遅れた時の反応じゃないの?それ。

 

 

「…なにが」

 

『お楽しみの最中かと思って、もうちょっとかかるかと思ってたんだけど。もしかしてこれから?』

 

「ばーか。なに言ってんだ。なんも始まってねーわ」

 

 

なんつータイミング狙ってかけてんだ。万一最中だったらどうすんだよ。

 

 

「どした?なんかあった?」

 

『いや~、相葉さんが松潤怒ってなかったか、って何回も連絡してくんのよ。大丈夫だって俺言うんだけどさ、グループのに返信ないから全然信用してくれないのよ』

 

「ウソ、それはマジでごめん。全然気づいてなかった。帰ってから今初めて携帯触ったわ」

 

 

車中で携帯を触って降りる際にポケットに突っ込んだままだった。

 

 

『たぶんそうなんじゃないかと思って、まだ見てないんじゃないのって言うのにさー、俺のせいだから責任もって連絡取れってうるさいのよ』

 

「あとで連絡入れとくわ。まだ撮影中なの?」

 

『そうしてくれると助かります。うん、ちょっと押してるみたい』

 

「そうか、大変だね」

 

 

ドラマの撮影が入ると途端にスケジュールがタイトになるのは俺たちの間では普通になっているけど、その大変さは身に染みている。

 

 

『潤くんは?』

 

「え?」

 

『潤くんは平気?翔さんもだけど、潤くんも無理したんじゃない?』

 

「いや、俺は…」

 

『怖かったでしょ?』

 

「…………」

 

 

そう言われて何も答えられなかった。

あの時は翔さんを支えることに必死だったけど、怖かった。怖かったんだ。

あの翔さんがこんな風になるなんて想像もしたことがなかった。

不安でいっぱいの翔さんをこれ以上怖がらせることなんてできなくて、一緒になって震えてる場合じゃないと、俺は何とか自分を奮い立たせていた。

 

 

『潤くん、ちょっと頭下げて?』

 

「え?…こう?」

 

 

意味の分からない提案にとりあえず従って頭を下げてみた。

 

 

『ヨシヨシ。よく頑張ったね。翔さんもきっと心強かったと思うよ』

 

「……そう、かな」

 

 

まるでここにニノがいて俺の頭を撫でられたような感じがして、思わず涙が零れた。

 

 

『翔さんの方はどう?』

 

「ああ、うん。もう落ち着いてる。大丈夫、ありがとう」

 

 

ちらりと視線だけをバスルームへ繋がる廊下の方へ向ける。

 

 

『そう。良かったね』

 

 

そして、時計を見て異変に気づき、もう一度慌ててバスルームを見た。

 

 

「ニノごめん、切るわ。また連絡する」

 

 

ニノの返事を待たずに電話を切って翔さんの元へ向かう。

 

翔さんは入浴に時間をかけるタイプではない。

熱めの温度で短時間であがるから時間にすれば長くても30分程度なのに、すでに1時間が経っているのにまだ戻ってこないのはどう考えてもおかしい。

 

ノックも忘れて洗面所に入っても誰もいないし、バスルームからも人のいる気配が感じられない。

 

 

ウソだろ!?

 

 

慌ててバスルームのドアを開ければ浴槽の底に沈む翔さんがいて、俺は頭の中が真っ白になりながら翔さんの腕を掴み引き上げていた。