side S
きっと最初は純粋な想いから、もっと知りたいと思っただけのはずなんだ。
一つ、またひとつ知るたびにその人の中で俺という人間の骨格が出来てそこに肉がつき、漠然としたイメージからだんだんリアルへと近づいていく。
そしていつの間にか俺のすべてを知ったような錯覚に陥ってしまう。
その人の中にある『俺』が本物で、ここにいる俺が『偽物』になるんだ。
『俺』は作り上げられた仮想人物なのに、俺が『俺』じゃなくなる逆転現象が起こる。
トーク番組やバラエティ番組の中でプライベートのエピソードや持ち物を垣間見せることもあるけど、それだって本当に僅かな俺の欠片で、その中で組み上げられたその人が知る『俺』は俺の中にあるほんの一部でしかない。
35歳の櫻井翔がこれまで経験してきたことや、感じてきた気持ちや、どんな風に育てられて今の自分に至っているのか、俺は俺のことを語っていないことの方がほとんどなのに。
数少ない情報だけで俺を形作ろうとする。
みんなが見ている櫻井翔は無数の小さなピースで作られた櫻井翔ではなく、大きくて数の少ないピースのパズルで出来ているんだ。
だから一つ失うだけで途端に崩れてしまう。形を保てなくなる。
まるでこの入浴剤みたいだ。
とぷん、と顔ごと全身を湯に沈めて水底にしばらく潜る。
ぷくぷくと鼻から出る気泡が水面に向かって抜けていく。
目を閉じていても分かる。
その時、突然何かに引き上げられ一気に浮上させられた。
何事かと目を開ければ、必死の形相の潤が眼前に迫っている。
「…え?潤?」
なんで?
あまりのことに目をしばたかせ、頭上から滴り落ちる水滴を払い、手を顔から頭に向けて滑らせ髪を撫でつければ額が露わになる。
そのまま手櫛で後ろまでざっと指を通し、襟足で離れる。
「………よか…っ、」
息を乱した潤は自分の服が濡れるのも厭わず、状況が把握できないでいる俺を抱き締めた。