side S
水面に映る能面みたいな表情の俺。
35年間見慣れたはずの自分の顔。
こんなだったっけ?
目頭が熱くなり、視界が滲みゆらゆら揺れ始める能面の俺。
掻き消すように慌てて手の中に顔を突っ込み擦れば指の間から湯が零れ落ちる。
そのまま顔を上げると腕に沿うように湯が流れ落ちていく。
脳裏に浮かぶ今日一日の収録の現場。
ゲームの内容。
ゲストたちとの会話。
自分の仕事内容を振り返る。
ちゃんとあの場を回せただろうか。失礼な言動はなかったか。不手際はなかったか。
色んなことを考えた。
観覧客の様子。刺さるような視線。痛いぐらい伝わる思い。
収録が始まる前に見てしまったSNSのたくさんの書き込み。
悪口雑言、暴言、誹り。ありとあらゆる負の感情を排泄された場所。
分かってる。
こんな世界だって。
ここはそういうのも吐き出していい場所なんだ。
この人たちにとって、自分の心の内を吐き出せるツールの一つなんだ。
そこに毒を出すことで、この人たちも心の均衡をとろうとしているんだ。
どんなに笑顔でいたって、心の内は同じとは限らない。
きっと笑顔でいるために必要なことなんだろう。
そんな意味のない排泄行為にいちいち俺が傷つく必要はない。
吐き捨てられた言葉に深い意味なんてない。
その人にとっての理想とか、好みの枠から少しはずれるだけで持ち得る限りの散々な汚い言葉で一方的に罵られる。
俺のその時の状況とか立場とか背景なんて一切考慮される事はない。
だからそんなことで傷ついてたらこの業界で生きてけないことは十分理解してるし、もういちいち傷ついたりもしない。
だけど、届くんだ。
悲痛な声が。
言葉の奥に潜められた、俺を攻撃することで自分を守ろうとする声や、深い悲しみが見えると胸が痛む。
本気で俺を嫌いで責めてる人もいる。それはそれで構わない。その棘は俺には刺さらないから、平気。
刺々しい言葉で俺を責めるのに、泣いている人がいる。
まるで呪いのように、言葉を吐き出す度にその人自身が毒に飲まれていってしまう。
俺がすきだからと泣く人がいる。
それを見てしまうと、棘が胸の奥深くに突き刺さり、そして思い出す。
あの時の潤のことを。
俺を責めることも、怒ることも、泣くこともしないで、ただ一瞬見せただけの潤の顔がはっきり焼き付いてる。
今日だって、観覧客の視線を感じている間に何度も潤の顔と重なって結果、あんな風になってしまった。
本当ならみんなに合わせる顔なんてないのに、四人は温かく受け容れてくれた。
誰しもに起こりうることなんだから気にしなくていいと智くんは言ってくれたけど、俺自身には構わないけど、やっぱり嵐の看板に傷がつくのは嫌だな。
ずるずると身を倒し、顔を残して全身を湯に浸す。
何度か瞬きをしてから目を閉じれば、嗅覚が敏感になり花の香りが一段上がった。