「・・・うん。分かってる。やめるから、もう・・・泊めたりしないから」

 
 

さっきリビングのドアを閉める直前に聞こえた会話の一部。

 

あれって、俺のことだよな?

俺がここに泊まるのを松本社長が良く思ってないってことなのかな。

 

洗面所で膝を抱え蹲って、その理由を考えてみる。

 

それって、俺が今日の昼見かけた事と関係あんのかな。

 

打ち合わせは朝イチからだから、前日に東京入りすることは決めていて、

でも丸一日二宮さんのところにいるのも気が引けたので、日中は都内の画材屋や

古書店廻りがしたくて今日の午前便で東京に来た。

 

思いがけない買い物が出来て荷物が多くなったのでタクシーを使って移動している時に信号待ちで止まってる間に何気なく窓の外に視線を向けた時、偶然目に飛び込んできたのは、後ろを気にして時々振り返りながら人混みをすり抜けていく二宮さん。

 

そして、その後ろから二宮さんを追いかけて走ってくる松本さんの姿も見えた。

 

松本さんが何か叫んでいるようにも見えるけど、二宮さんは足を止める気配もなく

むしろ更に足早にそこから逃げようとしているようだった。

 

でも、松本さんの方が断然足が速くて、あっという間に二人の距離が詰まり、遂に二宮さんの腕が捕まった。

 

二宮さんは必死にその手を振り払おうとしているようだったけど、力の差は歴然としていて、振り解かれることはなかった。

 

その時、信号が変わり車が発進したので二人がどうなったのか見届けられなかったけど、一見すると痴話喧嘩のように見えなくもなかった。

 
 

痴話喧嘩・・・ね。

 

自分で思っておきながら、乾いた笑いが出る。

 
 

つまりは、そういうことか。

二人は上司と部下でありながら恋人同士で、取引先である俺が宿泊先に困ってるのに同情してくれた二宮さんに松本さんが腹を立ててるってことか。

 
 

何だよ、チクショー。

 
 

せっかく二宮さんへの恋心に気付いたってのに、もう失恋かよ。早ェな。

 
 

ガックリと抱えた膝の上に乗せた腕の間に顔をうずめる。