うわ、一年たってた。

 

ばたばたがやがやとやっている。

 

仕事関係では大きなやつがやっと1つ片付いて、来年夏までにあと2つ片付ける。あとは中くらいの「何とかしなきゃいけないけどぱっと手を付けられない」というやつを4つほど片付けた。こっちはまだけっこうある感じ…。何れにしてもそうのんびり構えていられないので掃除してしまいたい。

 

別件で職域がひとつふえて、これがなかなか難しかったりとか。来週あたまにまた打ち合わせがある。結構時間を削られてしまってきつい。個人的にはあんまり現場にタッチしている時間も無いしそうすべきとも思わないけど、うーん。手元の技術をどうまわしていくかみたいなことを考えなければいけないのだろうと思う。やる気のある人たちは居るので、上手く回してゆきたい。

 

一方では僕自身も新しいことを学ばなければとも思っている。この数年は負債の整理にばかり走り回っていて、中々新しい事には目を向けることが出来なかった。でもそろそろそういうことが出来そうな形が出来てきたし、そういうことをしてゆかなくてはこの先に行けないという実感もある。何かを新しく立ち上げることは既に在る何かに手を加えてゆくことよりも圧倒的に容易い。けれど同時にだからこそ、一歩目が大切だったりもする。頑張らなくてはなあ。

 

私生活では、春に猫を亡くした。

 

そんなに落ち込んでるつもりはないのだけど、ふと当たり前みたいに考えてしまったときに、なんだかすかすかする。ふと、彼が当たり前に生きていて、当たり前にまた会えるのだという前提に立ってしまっている自分に気づく事がある。自然と伸ばした手の先が空を掻くような、変な感じだ。

 

この数年はあまり会ってやることも出来なくて、本当にすまないことをしてしまった。猫はすぐ飼い主を忘れる動物だというけれど、彼は僕が数年ぶりに帰るたびに、真っ先に足元まで駆け寄って来てくれる義理堅い奴だった。前歯が片方欠けていて、しょっちゅうお腹と舌の先を人前に晒しているような子だった。

 

最期は向こうの家族たちに見守られて旅立ったという。

 

不自由も多くさせてしまったとも思うけれど、彼には幸せに生きてもらえたんだろうか。僕には分からない。

 

やるべきことは多い。がんばりたい。

気づけば桜の花も散ってもうじき5月になる。慌しい。

 

職場の諸環境を一新する。あれもこれもと問題が山積しており頭痛のたねは尽きない。ばっさりやれたら楽なのだけどそうも行かない。

 

他にも考えることがあれとこれと。ひとつずつ。

 

楽しいこと嬉しいことも日々に多くあるのだけれど、とにかく時間がどんどん無くなってゆくことを感じているこの頃。

 

夜半に外を歩いていたら蝉らしき声が聴こえた。

まだ早いんじゃないかな。

生き急ぐでないよ。

今週はかなり多忙ながら、不思議と頭がさえて仕事の進む一週間だった。この形を保ちたい。進むことには意味がある。

夜。兼ねてからの約束ごとに宛てて、久しぶりのお相手に文を綴った。3年ぶり、くらいになるのだろうか。

距離を置くようになった自分が、今さら。という気持ちもあったけれど、書き始めるときりがなくて自分でも困った。たくさんのものを頂いてきたし、それは今の自分の礎にもなった。なにより、久々に声を聞いてほっとしたし、今でもやっぱり好きなのだと理解した。節目であるし、喜んでもらえるものを届けられていたら、と思う。

同時に、こういう場を用意してくれる人への感謝もある。久々に言葉を綴ったのは、その相手との約束を果たしたい、ということもひとつあった。理由としては不純かも知れないけれど、それもまた見てきたなかで得た縁でもあるし、それらは独立していて、共に有り難いことだったと思ってもいる。

今でも何かの役に立てているのだろうか。そうであれば嬉しいけれど。

さて、目前には考えなければならないことが山積みになっている。自分自身として、しっかり取り組まなければ。

秋口から仕事が慌しくなり、まるっきり日記が空いてしまった。


仕事の方は今のがちゃがちゃが夏くらいまで続きそうで気が滅入る。ただ、ここで踏ん張っておかないと先々が大変なので今頑張っておきたい。

 

がんばる、といえば、今年はひとつの目標を自分に課しているのだけれど、これがびっくりするほど進まない。多分一歩目が出せればある程度進むと思うんだけどなあ。約束だから、頑張りたい。

 

この日は家に帰って、週末諸々のお礼と、先々の御相談を兼ねて方々へのご連絡。たぶん僕自身はあまり動き回ることは出来ないと思うけれど、出来ることをやってゆきたい。

 

問題はその中身で、うんうんうなっているけれど、どうしたものかなあ。

 

そんなこんなを考えていて、ふと「ズレてるなあ」と思う。たぶん、まわりの人たちと目標というか、目指していることが違うのかもしれない。羨ましくも思っているのかも。

 

とはいえ、とりあえず一歩。早々に案をまとめて方向性を出したい。

 

実はもういっこ、年初から考えていたことがあって、そちらもきちんと進めることを決めた。作業としてはそっちの方が大変かなあ、どうだろ。とにかくこちらもたたき台を考えないといけない。こっちは来年いっぱいくらいだろうか、また長い地道な作業になりそう。とはいえこちらもぼちぼちと。

 

今年は元日から、ずっと先を見据えている。今見ているのは2年先。多分、なんとか良い形でそこに至ることが出来れば、その先もきちんと見えてくる筈。

 

やる事はいろいろありすぎてはきそうだ。でも頑張る。

ことしはそう決めて臨んでいるし、臨みたい。

昼休みにネットを眺めていたら、懐かしい映画が今夜だけリバイバル上映されるという。

自分でもよく分からないくらいに即決でチケットを取って観てきてしまった。退社直前にトラブルが舞い込んできて危うく遅刻するところだった。

 

新宿はでかい街で、未だに迷子になる。ガラケー片手におろおろしていた上京当時のことを少し思い出したりもする。人の多い街、活気のある街だ。昔に比べたら多少は勝手も知れたけれど、今でもこの街について知らないことが山ほどある。

 

ちょっと時間があったので久しぶりにらんぶるで少し書き物をする。新宿には老舗の喫茶店が多い。ちょっと見た目入りづらくもあるけれど、入ってみると落ち着く店が多くて個人的には好きだ。画一的なチェーン店が幅を利かせる昨今では貴重な存在でもある。長くやっていってもらいたい。

 

久しぶりに観た映画は、観ていて不思議な気持ちになる作品になっていた。苦しかったりという事は無いけれど、胸の奥がひっそりとちくちくする。思い出になるというのは、多分こういうことなのだろうなと思う。スクリーンの映像も、声も、音楽も、あの頃の鮮やかなそのままで、それが尚更そのことを意識させた。

 

改めて感じたのは、青春だったな、という事かも知れない。当時この作品に携わっていた人々の、その後のことを思うと、やっぱり必要な作品だったなと思うし、その人々の、今の在り様の中に、今も息づく作品だなと感じる。だからこそ、胸が痛むのかも知れない。

 

時間は進んでいる。僕も前へと進まなければならない。