他者を怒る時こそ、要注意。


なぜなら、他者を怒る時って、自分の器の大きさが如実に現れるから。


人は、馬鹿ではないため、愛情を注いで怒っているのか、自分のストレス発散のために怒っているのか、すぐ分かるもの。


ゆえに、怒り方を間違えると、自分自身の格を下げることになる。


相手のために怒っているつもりでも、自分の格を下げることになり、お互いの距離が離れていくことにつながる。


そのため、怒るなら怒るで、愛情が伝わるような怒り方をしなよ。


じゃなきゃ、自分が損するから。


大きなエネルギーを使っているにもかかわらず、自分が損していては、もったいない。


そもそも、怒ることって、あまり必要ないことなんよね。


なんせ、怒ったところで、相手のためになることって少ないから。


相手が何らかのミスをした時、大事なのは諭すこと。


決して、怒ることではない。


諭すことを目的とすれば、怒っちゃうと、かえって、逆効果。


相手を尊重し、諭すことを心がけた方がいい。


そして、諭すことにおいて、怒鳴る必要はないし、大きな声を張り上げる必要もない。


たとえ、自分が言ったことを相手がしなかった時でも…


確かに、指示したことを相手が聞いておらず、間違った方法を取られると、イラッとくる。


当然のように、聞いていない相手が悪いと思ってしまう。


だが、聞いていない相手が完全に悪いわけではない。


なんせ、ちゃんと伝わるように、届くように言っていないのは、指示を出した側なんやから。


仮に、言葉にして指示を出したところで、それが相手に伝わっていなければ、伝わるように言わなかった責任はある。


聞く側に全ての責任を押しつけ、怒鳴ることってナンセンスなんよね。


これって、自分の力のなさを棚に上げ、相手が悪いと決めつけている。


ちゃんと聞かなかった方が悪い、と決めつけている。


ただ、実際は、ちゃんと伝えなかった側に問題がある。


なんたって、言いさえすればそれで良い、という考えでいるから。


言うだけではアカンくて、届くように伝えることが大事なんよね。


言いさえすれば良いと思っているのか、伝わるように言うことを心がけているのかで、結果は全然違う。


もちろん、言いさえすれば良い、と思っている人は、間違ったやり方をされると、すぐにイラッとする。


「言ったことはきちんろしろよ」的な視点で物事を見てしまう。


すると、こういうことが、ずっと続く。


事ある度に怒り、怒鳴り散らす。


だから、お互いの距離を自分から遠ざけてしまっている。


なのに、当の本人は、そのことに気づいていない。


よって、日が変われば、何事もなかったかのように接してくる。


でも、怒鳴られた方は、覚えており、忘れているものではない。


そのため、何事もなかったかのように接してくることに違和感を抱くんよね。


一回こっきりの関係であれば、怒鳴ったからといって、大きな損失はない。


だが、これからも関係が続くのであれば、怒鳴ることで簡単に関係にひずみが生じる。


怒鳴った後に何らかのフォローがなければ、簡単に、関係はおかしくなる。


怒鳴った方と怒鳴られた方の温度差って、意外とあるものなんよね。


そのことを忘れていると、怒鳴ることによって、自分自身を不幸にしてしまう。


自分のストレスを発散するために怒ることで、自分の下から人が離れていってしまう。


怒鳴ることで相手を導くことって、実は、高等技術なんよね。


お互いの間に、よほどの信頼関係が築かれていなければ、そうできるものではない。


ゆえに、相手がミスしたからといって、イラッとする必要はない。


諭すことを目的とし、そのミスを受け入れた上で、やんわりと諭せば良い。


イラッとすること自体、自分の器の小ささを露呈している証でもあるんやで。


受容度が高ければ高いほど、たとえミスをされても、何事もなかったかのように優しく伝える。


何度ミスをされても、丁寧に教える。


イラッとして怒ることは、自分の器が、受け入れきれていないから。


受け入れる力が高い人は、何かミスをされたくらいではイラッとしないもの。


平然と次の作業に取りかかる。


そういう人ほど、人としての器が大きく、人を惹きつける。


そもそも、イラッとすることって、自分の受容範囲を超え、自分の力の低さを隠すために行われることが多い。


なのに、そのことを知らない人が山ほどいる。


ひょっとすると、怒ることで、「こいつ大した奴ではないな」と相手にとらえられることもある。


可哀想な人として、憐れみの目で見られることもある。


相手が、怒ることを真剣に考えているなら、そうとらえられることもある。


これって、よくよく考えてみると、悲惨なことだよね。


なんたって、自分は相手のために怒っているつもりでも、可哀想な人として思われているんやから。


器の小さい人としてとらえられているんやから。


よって、怒る時こそ注意しなよ。


その行為によって、自分は評価を下されているんやから。


器が大きいのか小さいのか試されているんやから。


できることなら怒らずに済ました方が良い。


そういう意識を持ちなよ。


すると、怒る機会は減るし、怒られたとしても、大きなストレスを感じずに済むから。


案外、そんなものなんやで。



サコヤンの独り言

「怒る時って、実は、自分にとって重要な場面でもある」