事件の概要
被告人Xは、個室付浴場(所謂ソープランド。性的サービスを提供する施設である)を営業しようと、山形県余目町で県の建築確認を得て個室付浴場の建設を開始した。
それを知った余目町の周辺住民は反対運動を起こし、それを知った山形県及び余目町はXの個室付浴場の営業を阻止しようと考えた。
そこで県と町が着目したのは当時の風俗営業等取締法である。
当時の風営法には、児童福祉施設等の施設から半径200メートルの範囲におけるソープランドの営業を禁止する規定(改正後の現行法では第28条第1項・第2項に当たる)があったため、後から児童遊園(子どもが遊ぶ公園のこと)を設置することでソープの営業を阻止しようと考えた。
X「余目町にソープランドを開きたい」
住民「そんなものは要らない!反対!」
行政「うーん、でも建築確認出しちゃったしなぁ…」
行政「どうにかして営業を阻止したい。法律や条令を使えないかな…」
行政「200メートル規制、これだ!」
余目町は建設中の個室付浴場予定地から約135メートルの地点に小さな公園を作り始める。
Xは完成したソープランドの営業許可を申請すると、余目町は公園の完成を待ってからXの営業許可申請を受諾した。
Xはソープの営業を開始。すぐさま風営法違反で営業停止処分がなされ、さらにXは起訴された。
判決
「本件児童遊園設置認可処分は行政権の著しい濫用によるものとして違法」
Xは無罪。
解説
児童遊園等の設置についての判断は、本来行政の自由な裁量が認められる。要するに、どこにどんな公園を作るかは行政の判断に任されているのである。したがって、自由裁量に任されている以上、余目町は適法な手続によってなされた本件公園設置行為もなんら違法性は無いと考えたのである。
しかし、最高裁は余目町の公園設置について違法性を認めた。
行政事件訴訟法第30条には次のような規定がある。
「行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる。」
本件は行政訴訟ではなく刑事訴訟であるから、この規定が直接適用されたとは言えないけれども、最高裁はこの条文の考え方をそのまま採用していると言うことができる。
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それでは、なぜ余目町の行為が裁量権の逸脱・濫用と言えるのだろうか。その答えは児童福祉法第40条にある。
「児童厚生施設は、児童遊園、児童館等児童に健全な遊びを与えて、その健康を増進し、又は情操をゆたかにすることを目的とする施設とする。」
本来、子どもの遊ぶ公園は子どもたちの健全な遊び・健康といったものを提供することを目的とした物であり、その設置についてもこの趣旨に沿って行われなければならない。
しかし、余目町の本件児童遊園設置行為はむしろXのソープランド建設の阻止が動機となっているのである。
こうした不適法な目的によって行われた公園設置処分は行政権の濫用にあたる違法なものであり、その公園の存在を根拠として営業を規制する効力を有しない。
こうして、Xの営業行為は風営法に違反するものでないとして無罪となり、Xによる損害賠償請求も認められた。
余目町の公園設置行為は、児童福祉法の趣旨に反する
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本来の趣旨を著しく逸脱した公園設置行為は、行政権の濫用に当たる
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本件の公園設置行為は違法
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Xの営業するソープランドに対する200メートル規制には効力が無い
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Xは無罪
ちなみに、タイトルの「トルコハワイ」とはXが営業しようとしたソープランドの店名である。(ソープランドは当時「トルコ風呂」と呼ばれていた。)
所感
「行政権の濫用」という何やら重苦しい概念が争点となった事件ではあるが、要は国や都道府県や市町村がやっても良いことと悪いことは何かという話である。
私がこれを「珍事件」と銘打った理由としては、ソープランドの営業を阻止するために自分から後付けの理由を用意して処罰せしめようとする山形県及び余目町の非道な行政行為に、非常に驚いた記憶を強く持っていたためである。
また、行政に対して立場の弱いイメージのあるソープランドが勝訴したという点も興味を引くポイントであった。
新型コロナウイルスの影響で自宅で暇にしている方々は、ぜひこれを機に珍事件を味わってほしいと考えている。次回は「長い首事件」を取り上げる予定だが、今回ほどの長文にはならないはずである。
以上