「頑張ったね。おめでとう!!
お身体大切に赤ちゃん生まれたら報告してね。スタッフのみんな、楽しみに見てるからね」ってすごい喜んでくれて。
初めて信頼している先生から、「おめでとう」って言ってもらって、すごく湧き上がるものがあって、堪らず大泣きしてしまいました。
もう涙が止まらなかった。
不妊治療で泣くだなんて10年ぶり位だよ。
嬉し涙はもちろん初めて!
何度も何度も、「ありがとうございます」とお伝えしました。
藤城先生も目がうるうるってなって、私の通院履歴(13年分!)を見ながら、
「本当に頑張りましたね。。元気な赤ちゃんを産んでくださいね」って。
うん。うん。。。!私、13年間頑張った。
妊娠するために休憩もなく突っ走ってきたんです。
卵巣を休める時と婚活時期以外はほとんど毎月採卵か移植をして。
少し治療の歴史を書きたいと思います。
初めて不妊治療の門を叩いたのは25歳でした。
何もわからずはじめは家の近所の産婦人科へ。
タイミングとAIH(人工授精)で結果が出ず、26歳で転院をして体外受精開始。
3件目のクリニックで、夫は重度の精子無力症だと言われ、顕微授精しか道はないと。
今までの治療はなんだったの?と産婦人科に不信感を持ちました。
フーナーでお腹の中に動いている精子がいないのに、何故タイミング指導を続けたの?
この数値で人工授精に意味があったの?
ほとんどまともに動いていないのに受精率もこんなに悪いのに、体外受精はないよね?
今ならわかる。
顕微授精じゃないと受精すらできない状態なのに、2件目までのクリニックではただひたすら先生の言うことを信じて言われるがままの治療を繰り返していました。
3件目では精子の問題を指摘され、
顕微授精ならきっと授かる!!と期待を持って通院しました。
でも残念なことに私たちの受精卵は、何度挑戦しても何度挑戦しても。
8分割以上分割する事がないまま、あっという間に月日が過ぎていきました。
結婚から6年後。
夫の親族からのプレッシャーが辛くなり、夫からは協力も思いやりも感じなくなり離婚しました。
31歳でした。
31歳、離婚成立後は必死で婚活をして、割と早い段階で今の夫とめぐり逢いました。
今度こそ、今度こそ2人で子供を育てるんだって思った。
きっと我が妹たちのように普通に結婚をして、普通に2人くらい産んで、普通に子育てをするんだって。
そんな思いも虚しく。。
結婚前に精液検査をうけてくれた今の夫も重度の精子無力症でした。
まっすぐ進んでいる子がいないという事で、顕微授精しか方法がないと。
(*´・ω・`)
でも、不妊治療を自分のことと捉え、一緒に頑張ってくれた今の夫との治療生活には何にも辛いこともなく。
いつの間にか、採卵、培養、胚盤胞にならず撃沈という1連の動きが毎月のルーティンワークになっていたのでした。
今夫との顕微授精の挑戦が始まって3年ほど経ったある日、私は赤ちゃんを諦めました。
高刺激でバンバン誘発をしたり
自然周期で毎月毎月採卵したり。
こんなにたくさんの卵子を取っているのに胚盤胞になったのはここまででたったの1個。
前夫から合わせて8年間の不妊治療でたったの1個。
もう無理なんだろうな。
私の卵子じゃ陽性どころか胚盤胞になる子すら出てこない。
もういいねん。
今夫と2人でこのまま仲良く暮らしていければいい。
2人でよく頑張ったよ!
卵子提供ならね、若くて健康な人の卵子なら、もしかしたら望みがあるかもしれない。。
そんな事も話しましたが、でも、夫は卵子提供には反対派。
「どうして卵子に問題があるって思うの?卵子を変えても精子の問題かもしれないんだよ」
確かに私の方にはこれまでの検査で何も問題が見つかっていません。
でも胚盤胞にならないのは、卵子の質が悪いせいだって言われ続けていたから。。
私の卵子の質が悪いから。。
(現在は8分割以上は精子の問題もあると言われるそうです。昔は受精しないのも分割しないのも何もかもが卵子の質って言われていたの。10年で不妊治療はものすごく進歩しました。)
何度も話し合いをして、でも私たちの子供を諦めなかったのは今夫。
「もう少し、もう少しだけ頑張ろう!
咲ちゃんが39歳になる2019年の3月まではやってみよう?」
私はもう何年も治療に突っ走ってきたけど、今の夫はまだこの時点で3年ほど。
それでは子供を諦めるには早すぎるよね。
いいよ気が済むまでやろう!!
そこからさらに2年半後。
我が家で決めた不妊治療のタイムリミットまで残り約8ヶ月。
夫は相当色々努力して。
精子に良いと言われる事はどんどん試して。
私の負担になるような事は排除してくれて。
会社が休みの日の通院は一緒に来て先生の話を聞いて。
金銭的にも苦労をかけないように。
夫、本当に本当に頑張ってくれました。
そして、今、お腹の中には赤ちゃんが育っています✨
「たまこ」は2人で何度も話し合い、
自分に合う先生を探し求め、海外の論文も読み漁り、精一杯2人で目標に向かって努力してお腹に宿ってくれた赤ちゃんです。
✱✱✱
約13年の間に通ったクリニックは、
【関西】
☆前夫 たかばたけウィメンズクリニック
☆前夫 宮崎レディースクリニック
☆前夫 ★今夫 英レディースクリニック
★今夫 大谷レディースクリニック
★今夫 リプロダクションクリニック大阪
【関東】
★今夫 新橋夢クリニック
★今夫 加藤レディースクリニック
★今夫 みなとみらい夢クリニック
✱他にもあるのですが、数回しか通院しなかったクリニックは省いています
これだけ有名クリニックを渡り歩いて、私の質の悪い卵子を胚盤胞まで育ててくれたのは、
新橋夢クリニックとみなとみらい夢クリニックの培養室だけでした。
胚盤胞にならなかったのは年齢ではなく。
卵の質でもなく。
1番大きかったのは、培養技術。
私たちは受精率も悪かったの。たくさん採卵しても半分以下だったの。
それが何故か夢クリだけは。
何と受精率100%
20代の若い時よりも成績がいいんだよ。
それって、それって本当に卵の質のせいなのかな?
私たちの受精卵は夢クリの顕微授精の技術と培養液があっていたようです。
培養液だけではありません。
自然周期の採卵と、自然周期の移植が合っていたみたい。
そして体内で卵胞をいつまで育てるかなど。
みなとみらい夢クリニックでは、採卵をするタイミングも、藤城先生は毎回しっかりと計画を立ててくださいました。
胚盤胞まで培養してくれた培養室の皆様。
移植をしてくれた院長先生。
採血が全く痛くない看護師さんたち。
そして、いつでも丁寧で優しい対応をしてくれた受付の皆様にも、
どんなに感謝の気持ちを伝えても伝えきれません。



