キヲク。
タイトルの題名はELTの名曲中の名曲。いやー、20代前半からELTには本当にお世話になりました。
合コンの二次会のカラオケでも、職場の飲み会でも、倖田來未さんや西野カナちゃんよりも謎に好感度が高かったELT。男性の意見を聞いてみると倖田來未さんを歌う女性はギャルで遊んでそう。西野カナちゃんを歌う女性は狙いに行ってるイメージがあるとの事。
なんやその偏見!そんな事を考えてんのかよ男子。好きな曲歌わせてくれよ。ちなみに、サブちゃんはどうなんだよ。なんなら幾三でも歌おうか?
この前、アフターで吉幾三様を幾三と呼び捨てにしたら様をつけろと怒られた。雪國歌う前にジジイ鼻毛出てんぞ!
兎にも角にも、ELTにしろ、くうちゃんにしろ、西野カナちゃんにしろ、サブちゃんや幾三様にしろ、ほんっと昔の曲は色褪せなかったりする。
さて、「過去は生ゴミだ」

よく色んなサイトでも見掛けるこのワード。過去の執着を手放す為に必要な考え方だ。私も実は過去に関しては自慢できるような過去を送ってきてはいない。何なら逃げてばっかりだったし。メタルスライムくらい逃げ足早いし。だからこの年齢になってもメンタル弱いし。過去の自分が一番嫌いなタイプだったりする。振り返ったら後悔しかない。
まじ封印したい。塗り替えたい。上書きもしたい。
思い出す度に見たくもないと臭い物に蓋をしたくなる。こんな恥ずかしい過去は私じゃない!こんなものは生ゴミだ。そう生ゴミ。
なのに浮上してくる忘れられない私の生ゴミ。スピリチュアルな方法を使って、宇宙の彼方に捨てたハズなのに。何で帰還してくるの。
いい加減にしてほしい。
私が何をしたの。
なぜだろう?
あー…何か答えがわかった気がする。
考えてる内に過去の自分が望んでる事がなんとなくわかった。
ただ、一生懸命頑張ったね!今の私のために生きてくれてありがとう!って強く抱きしめると同時にありがとうという感謝の言葉を望んでただけだった。たったそれだけ。
過去の自分は生ゴミじゃなくて、生きづらいこの世の中でただただ幸せになりたいとがむしゃらに生きた結晶(パワーストーン)だった。
思ったような結果の道には進めなかったけど、でもちゃんと頑張ってここまで来れた。過去があるからこそ、今がある。過去の人生にはマニュアルや攻略本なんて存在しない。でも試行錯誤繰り返して繰り返して何とか答えを見つけ出そうとした形跡がある。
実は、認めて欲しかったんだよね。他の誰でもない私という存在に。
じゃあ、きつくて神社も行けなかった事だし、今日だけ特別に過去の自分の聞き手になろうかな。うんうん!そうだねといっぱい肯いてあげる。 というかあげたい。過去の自分が望んでいた幸せを私が叶えてあげたい。そしてそして未来の自分に繋げたい。自分との対話は本当に大事。人を気にする前にまずは自分を知る事。
それに気付いた時、過去を認めた時、罪悪感とか後悔とかネガティブなモノに溺れそうだった感情が、ちょっとだけ軽くなって、過去の自分が愛おしくなった。そして生ゴミは資源化して世の中のために貢献出来る事に気付いた。
どんなキヲクも私にとって大事な財産だった。
自分を大事にする事の一つはこういう事なのかなぁ。