世の、受験生のご家族の皆様

ほんとにお疲れ様です

そして受験生ご本人

ほんとにほんとに、お疲れ様です


娘、私立の入試からさらに1ヶ月

本命の公立入試

この1ヶ月はさらにきつかったと思う


女の子だからよく話してくれる

クラスの雰囲気がどうかわってきてるか

その中で自分はどんな思いなのか


娘は自身の肺炎による入院体験から

看護師になりたい

変わらず夢に持って

目標となって先を見据える中で

選択肢を広げるために

自身の実力以上の高校を視野に入れて

部活引退後

塾に行かせる余裕がなく

通信教育と学校だけで

コツコツと頑張ってきました


どんどん下がる実力テスト

自信をなくして落ち込んで

冬休みには帯状疱疹になって

それでもコツコツ頑張ってきました


当日、元気に迎えてくれたことに感謝

最後まで試験を受けられたことに感謝


さぁ後は卒業式

娘は答辞を読ませてもらうことになりました

あと二日

元気に過ごせますように

ウソだろ?

わ、わ、わ、私に?

送信先を間違われたのではないかしら…

と正直思いました笑


アメンバー限定記事を書いていた時があります。


私のブログを読んでくださっていた方から

受け止めきれない言葉をいただきました


当時は強い不安を感じていました


記事についてご意見をいただき

ただそれが

どれなのかもうわけがわからなくて

全部削除してしまおうか、何をどうしたら良いのか


もう書くのをやめようか

これだけ考えて書いててもこうなっちゃう

ただの日記なのに。私の記録のための日記なのに。


もう、人と話すのが怖い

言葉を出すのが怖い。

深く

重く

暗く

拭えない恐怖がありました。


しっかり心が追いつかなくなり

しっかり体調にもでました。


あぁ。

ほんと。

言葉の強さを実感します。

表情と一緒に乗っかってくる言葉って

強いですね。


壊れそうになったけど

体調にも出てきたけど

でも、そこから救ってくれたのも人でした。

その人たちから出る

優しく思いやりのある

言葉たちでした。


20年来の親友たち

職場のみなさん

バドのチームメイト

息子

両親

ほんとにほんとに、ありがとう。


おかげで

私にとって大きな学びであったと思える

思い出に変わりつつあります


お話にとてもびっくりしたのですけど

文章を書くのが好きな方ではあるので

嬉しくもあったのですけど

今の私が本を出すには

何もかもがあまりにも発展途上なので

辞退させていただきました。


誰にでもお声をかけておられるとしても

読んでいてもっと読んでみたいなぁって

思ってくださる方がいたんだなって。


この新しい経験は

少し許されたような気持ちになって

じんわりと笑顔が戻るような気がしました。


※この記事は

特定の方に向けて書いたものではありません。

当時の私自身の体験と感情を整理するために記しています

長男の高校卒業式
本気でオリンピックを目指していた息子。
高校体操競技は
1.2.3と部が分かれていて
インターハイ予選に出場する権利があるのは
1部だけ。
もしくは勝ち上がってきて権利を得るか。

インターハイは必須。
絶対でたい。
1部の体操部のある高校に行くしかない。
実力的には2部だったけど
こだわった息子。
茨城県にある高校にも見学に行ってきた
信頼できる整骨院の先生がいる大阪の高校を選択しました

でも大阪は一強地区。
他県の1部の中でも上位校ならインターハイ出場が不可能ではないかもしれない
でも大阪で勝負することに決めました。

さぁここからだ。
絶対支える
何があっても私が被る
下げられる頭はなんぼでも下げる
祈りが足りないなら寝ずにでも祈れる
私にとっても戦いの日が始まりました。

息子は痛い怖い辛いが苦手
体操競技に向いてるとは思えないと
私だけは言い続けてきました。
それでもここまで続けてきた息子の決意を感じて
やっと私も腹を括りました。

笑顔で帰ってきたのは初めの1ヶ月だけでした
その後はずっとしんどい、辛いと口にしました。
2ヶ月に一回は熱を出して
具合が悪いようだと電話がならないか
怪我をしたと電話がならないか
元気に帰ってきてくれるか
今日は笑顔が見られるか
お昼のお弁当はあれでよかったか
夜ご飯はどうしてあげた方がいいか
ずっとずっと、ずっと考えて過ごしました。

頭から落ちて熱が出た時もありました
しんどくてトイレから出て来れなかったことも何度もありました

そんなことでどうする
6種目やるんやろ
インターハイでるためにここに入ったんやろ
甘ったれてるんだこいつは
甘やかしてはダメだ
私は変わりなく彼に檄を飛ばしていました

きっとあの体操場で
自分の不甲斐なさに情けなくて
恥ずかしくてやめたくてやめたくて
うなだれていた日も多かったんだろう
暑くて寒くて
痛くて怖くて
辛かっただろうに

長男にしっかり思春期がきて
私に積年の恨み辛みをぶつけてくれて
愚かな私はようやく気付きました。
私の叱咤なんてもうとっくに必要なかった
私はただ
彼を信じて見守っていればよかった。

気付かせてもらえてから
行くだけでえらい
毎日お疲れ様やな
がんばったんやな
あなたの体操が見られたらそれが1番
あなたの体操は美しくてお母さん大好きやわ
彼の体操人生が幕を閉じる
その間際にそう声をかけてあげられるようになりました

息子にやっと、お母さんにならせてもらえました
私が育ててもらいました。
私だけの人生では気付けない事
彼の高校生活からたくさん教えてもらえました。

友達と名残惜しく写真を撮る息子を見て
それなりに楽しんでたよっていう息子を見て
よくぞ、命あって卒業してくれたと
ただそれだけが私の当日の感想でした。

インターハイ予選団体メンバーで出場
日体大との合同練習の参加経験
立派です。

制服姿の息子を見ることも
体操着で演技をする息子を見ることも
もう今後一切ない。
それは寂しくもありますが
ここまで元気に育ってくれた感謝も入り混じります。

私の役割も一つ区切り。
私もよく頑張った。
えらかった私。
下げられる頭は下げたし
何度も祈りに行った。
よく頑張った。

息子が体操競技をしていた頃から

ずっとお世話になっている

私がバドの知り合いの方に紹介していただいた整骨院。


もう何年、もうきっと7年以上

今年もお世話になります

とご挨拶しようと目線を下げた時


1月31日をもちまして

閉院させていただくことになりました


という張り紙を見つけました

えっ!

という顔をしてあげましたら

そうなんです、と先生。


いつかこんな日が来るとは思ってました。

まさかこんなに早く

心の準備もまだできてなかった


これはよくない

年賀状を出さなくなってから途絶えた

恩師とのやりとり。

私が今でも心に浮かぶ恩師といえば、の先生。


寒中見舞いを出してお元気かどうか確かめたい

間に合ってくれ!


しかし、残念なことに

あて所に尋ねあたりません

と返送されてきました。


間に合わなかったか

また一つ、今生の後悔が残りました。


こういう後悔がひとつ、また心に積もる。


だから整骨院で出会った先生と奥様には

ちゃんとお礼を言えたし

伝えたいことも伝えられた。

積もる後悔なく、お別れできてほっとしてる。



2025年

私の拙い文章を読んでくださった方

いいねをつけてくださった方

メッセージをくださった方

コメントをくださった方

誠に、誠にありがとうございました


いろんなことがありました

こどもたち一人一人のステージ

幼い頃から取り組んできた器械体操、陸上

一旦、区切り。

やり切った気持ち、後悔。

新しい夢を見つけたこどもたちの逞しさ。


私自身の体調の浮き沈み。

あまりにも理不尽だったことは

頭が忘れようとしても体が覚えている。

場面は違えど、体が

あ、この感じあの時と同じだ

と判断すると体を守ろうと

不調をだして休ませようとする。

トラウマの構造を知りました。

あんなことで、あんな、あんなこと

苦しめられてたまるか

病気になってたまるか

それが原動力だった時も確かにありますが

更年期も重なって一年を通して辛かった


変わっていく人間関係についていけないこともあって

あぁ、人はやっぱり変わる。

期待できない。


母になってから1番、1番、

辛くて苦しくてうれしいやら辛いやら

揺れて揺れて

絶対意味のないことなんてないはずだ

全て何かのためだからと

平常を保とうと必死。


崩れられない

負けられない

意地でもなんでもない

頼らないわけじゃない

頼る余裕もない

頼ろうと思ったら今の自分をまとめないといけない

まとめられるわけがない

まとめてしまいたくない。


このまま理解できず

噛み締めず

実感せず

答えを出さず

進んでしまった方が楽なこともあるよな。


そうおもいながら

はっきり目を開けず

見えてないことをよしとして

恐る恐る、手を伸ばし、こけないようすり足で

なんとか光を感じられる方へ

ゆっくりゆっくり

進むのか?進んだ方がいいか?

明るくなるまで待つか?

見えるようになってから進むか?

休憩してようか、ちょっと。

どうだろ。


2026年

今年はどんな年になるんだろう。

どんな一年にしていけるんだろう。


去年のような一年は初めてで

これまでがほんとに、通用しない。

何をやっても

これでよかったんだ!

となることはない。


あんな感じの毎日は

正直、辛いけど、受け入れることはできる。

だって、これで済むなら大丈夫。

精一杯余白なしだったけど

これで済むならまだ生きていける。


大きな目標はありません。

ただ、家族みんな、命はしっかり持って

2026年末、顔を合わせられますように。

それだけが唯一

今の私の願いであり、目標です。

ゆらゆらしながら

回り道いっぱいしながら

道に迷って途方に暮れても

あー!あったー!2026年の年末ー!

みたいな。

感謝を忘れず

誠実に暮らしていこう。