明日がくることって当たり前じゃなくて、ほんとに奇跡だなっておもった。

おいしくごはんを食べれること。
自然を感じれること。
いつも元気でいられること。
誰かがそばにいてくれること。
いま生きていられること。

すべてのことが尊いもので、一瞬一瞬はもう2度訪れない貴重な瞬間。ままやばあちやん、妹たちと笑っていられることも、12さいの頃から育ててるねこのことも、半年前保健所からもらってきたねこも、いつもそばにいてくれるひともみんなみんな大切にしなきゃ。一緒に過ごせる時間に幸せを感じなきゃ。
そして、自分を取り巻く環境も友達も。人は失ってからでしかその大切さに気づけない。悲しいけれど、人を失くして初めてその人の重みを知る。
後から気づいたってもう遅くて、もうそこにはいないのに。

でも、それに気づくと変わることができる。当たり前を当たり前じゃないと気づくと大切にすることができる。
一瞬一瞬のいま、そのときを精一杯生きていきたい。後悔がないように。それでいつか、自分が神様に呼ばれた時には、自分の人生でよかったとおもえるように。

キャッシュ、じいちやん。
まだまだそっちには行けないけど、こんなさきだけど、そこから見守っててくれたら嬉しいな。家族のこともみんな。ゆっくりしててね。

誰にも与えられる命はひとつ。
たった一度きりの人生
芽を出し、花を咲かせ、
やがて身をつけ枯れゆくも
新たな命がまた芽生え
命は繋がれてゆく
精一杯咲かせるために
わたしはここを選んだのだ


宮城咲
2014.07.29
大切なひとのおばあちやんが亡くなりました。一度だけ、病院に一緒に顔見に行きました。しゃべれなかったけど、このおばあちやんがいて、お母さんがいて、この人がいるんだっておもいました。命を繋いできたんだなって。お通夜は行けなかったけど、そのあとにお焼香だけいきました。なんにしても人が亡くなるのは悲しいなっておもいました。もちろん動物も。亡くなったことを受け止めて、その人からもらったことを忘れないように生きて、そしてまたいつか自分も誰かに何かを残していく。命はそうやって繋がれていくんだなっておもいました。ゆっくりおやすみください。
2014.05.21
おじいちやんが亡くなりました。まだ77さいでした。亡くなる1年前までほんとに元気だった。やかましいけど、頼りになるじいちやんだった。夏に検査に行って癌であることが判明。忘れもしないさきの22さいの誕生日。県病院に入院が決まり、送り届けにいった。2ヶ月くらい入院して家に戻ってきたときは、痩せてて驚いた。でも、治るもんだと信じきってた。だってじいちやん周りのひとより元気だったし、なにより、いなくなるなんて考えてなかったから。年が明けてからは色々あっとゆうまだった。さきも家を出て暮らしを開始したから会う回数は減った。なのに、いつも心配してくれてて、野菜を届けたらなとか、米やれとか。そんで入退院繰り返すようになって、病院も何度か顔出したけど、頻繁にはいかなかった。だって、すぐ元気になって帰ってくるんでしょ?っておもってたから。5月に入ってままが言った。入院してたじいちやんが帰ってくる。家で介護するよって。多分長くないよ、だからできるだけ顔見せてあげて。うそうそ、じいちやん痩せ細っちゃうほど頑張ったもん。そんなことないよ、治るって。5月の3週め、毎日仕事終わったら実家でごはん食べよって決めたのに。5.20はバラ祭りにいって写真を撮ってきた。じいちやんに見せにいこうっておもったけど、はしゃいで少し疲れてたし、明日休みだから朝一でいこうっておもってた。折り紙を買った。明日から千羽鶴折り始めようって。2014.05.21早朝、妹からの電話。じいちやん逝っちゃった。でもまだあったかいよ。車で10分。駆け付けた。まだ、あったかかった。じいちやんの手握るのどんだけぶりやろ。じいちやんに前日に聞かせてたってゆってて、アナと雪の女王の歌を流してた。この歌を聞くたび、この日を思い出す。でもね、ほんとに楽に、静かに逝けたんだって。そして後悔。じいちやんに最後に会ったのは亡くなる3日前。写真見せにこればよかった。次次っておもってちゃだめなんだ。おもいたったらすぐにやらなきゃ。こんなに色々してもらったのに、そのうちそのうちゆってて、結局じいちやんに何も返せなかった。キャッシュのときに学んだのになにも成長してない自分がいた。じいちやんにもごめんねしか言えなかった。