イチゴママは友達に本当に恵まれている。
イチゴちゃんのことを、本気で心配して力になってくれる友達、
ブログにメッセージくれる方々、イチゴちゃんの先輩のママ、同級生。
みんな、自分の大切な時間を削って、メッセージをくださったり、イチゴちゃんに会ってくださって心の鎖を緩めてくれたり。
みんな、一日に24時間しかないうちの貴重な時間を、イチゴちゃんやイチゴママに使ってくれる…。
どれも無償の愛で。
感謝のしようがなくて。
そんな中で、
イチゴちゃんはこうだから、こんな素晴らしいところがあるんだから。
私が一人で接していたら、見えていないところばかりを
たくさん教えてくれる。
私という親は、イチゴちゃんの一体何を見てきたんだろう。
私という親は、
どれほどイチゴちゃんの伸びる部分をへし折ってきたのだろう。
世間の目と、不安と、一般常識と。
一般常識、
約束、規則。
我が子が当てはまらないのは非常に不安だ。
正しい。
間違いより、はるかに一般的かどうかを重視してしまうのは…。
なかなか、覆して生きるには時間がかかる。
イチゴちゃんは、じゃあ、一般的ではないのだろうか。
普通でない?
一般的を普通と基準するならば、普通じゃない。
学校に行かないことは悪いことではない。
カウンセラーさんはみなさんおっしゃる。
悪いことではない。
悪いことではない。
だから行かなくていい。
だから行かなくていい。
じゃあ、私が生きて耐えて乗り越えてきた今までは一体なんだったの?
嫌なことから逃げてばかりじゃダメ。
人生嫌なことから避けては通れない。それをうまく乗り越える力を、臨機応変に対応できる力をつけて欲しい。だから集団生活で、我慢したり、我慢してもらったり、思いやったり思いやられたりしながらって生活を思春期にするんじゃないの?
それがあって、親になって、その頃の反省点を踏まえて子育てして行くんだ
…。
その、繰り返しなんだ…って。
そう思っていた。
学校に行けないのと、考えがあって行かないのとでは違うと思う。
じゃあ、我が子は?
思春期に学校なんて、だるーって思う人は多い。
だけど誰もが好きなことだけやっていけたらそんな楽なことはない。
世の中の一人がみんな好きなよおに生きてたら成り立たないんじゃないの?
だから、みんな朝眠くても、学校行くんじゃないの?
朝練行くんじゃないの?
そう思って統制してきた、私の人生は意味がなかったの?
この感覚98%で、学校に行かない娘と向き合うんだもん。
そりゃあ、燃えた油と水だよf^_^;)
これは…親のエゴなの?
違う違う。
問題はそんなとこじゃないんだよ?
イチゴちゃんは
集団適応能力に乏しいだけなんじゃないの?
そこを改善するんじゃなくて?
カウンセリングを受けながら、理解できそうなところまできているときと、何故の嵐にくるくる巻き飛ばされるときと。
だから、今、
イチゴちゃんはこうなんだよ。
だからこうなんだよ。
って、誰かに教えてもらいながら生きている。
自分の娘はこうなんです! って自信を持って語れない自分が情けないけれど。
間違った認識はちゃんと認めなきゃならないよね。
まだ、私は間違ってない! って思う自分60%くらいは完璧いるけれど。
じゃあ、一般的でないとした場合のイチゴちゃんが悪い方の一般的でない人間になってしまうのか、素晴らしい方の一般的でない人間に飛び立つのかが、今の私という親に課された課題なんだろう。
だから、私もたくさんの引き出しを作ろう。
そこにたくさんの授けていただいた知恵をいつでもだせるように整頓しておかなくては。
大切なイチゴちゃんを大きくははたかせるために。
そして、ライオンくんに同じ辛い思いをさせないためにも。