おい、お前日本人だろ!と自分で突っ込みを入れたくなるほどあたしはかぶれてしまっていた。


スーパーで買ったものをお会計済ませたらその場で袋に入れてしまう、

バスが来ると日本は止まってくれるらしいのに毎回ヒッチハイクの合図をしてしまうこと、

安くておいしいワインがどこにも売ってないこと、

昼間から酒が飲みにくい事、

みんなおしゃれで露出°が低いこと、

お店の種類がとにかくすごいこと、

店員さんの愛想もとにかくとにかくすごくてちょっと怖気づくこと、

どこの店も夜遅くまでやっていること、

野菜とフルーツがめちゃくそ高いけどたばこが安いこと、


海外に住んで見えるお互いの良いとこ悪いとこ。


でも帰国当時のあたしには良いところなんて見る余裕がなくて、

毎日ひたすら2年間の思い出を引きずる毎日が続いた。


ただ、唯一日本での好きな場所は家だった。

大好きな家族の住む家は、調味料から生活用品からごっそりと揃っていて、

あらためて眺めるリビングルームはママの趣味で飾られていて、幸せがいっぱい詰まった家。


からっぽのあたしは家族が仕事でいない日中も外には出ずそこに居続ける。


帰国してからしばらくは祖母がきておいしい料理を作ってくれたり、ママの妹も来てくれたり、妹が外に連れ出してくれたりとわさわさしていたけど、

それが過ぎると時間ができてくる。


あっちは今頃何時だ。天気いいかな。やぱり今日も寒いかな。

あの子たちは今頃何してるかな。今日は週末だからあのお店にいいるかもな。


あの人はどうしてるかな。。。


なんて、考えたってどうしようもない事を考えて毎日泣いていて、

正直、自分の人生の中でこれほど涙にまみれた期間は初めてだったし

自分が自分じゃないみたいで、自信もなくして、そのうち英語もしゃべれなくなるんじゃないかと思った。

そんなこんなでしばらくの間友達の誰とも会えずにいた。


帰国してから、ちょうど3カ月。


日本語表記だらけの空港に降り立った瞬間、全てが終わったと思った。

今思うと、外国かぶれの相当嫌なやつだがあっちに置いてきてしまったものがあまりにも多すぎて、大きくて、祖国に足をつけたのに不安で泣き~の、


2年ぶりのあたしを迎えてくれるものがこちらでも多すぎて大きくて泣き~の


久しぶりの父の顔に泣き~の

桜満開が壮大で泣き~の

嗚呼日本、嗚呼嗚呼日本、嗚呼日本。泣き~ので

イギリス出発1カ月前から泣き散らかしていた私は国境を越えても涙腺ノンストップ。




それからの日本の生活は正直辛かった。


大好きな家族とまた一緒に暮らす日々。
大好きな友達と会う日々。
おいしいお寿司を食べたい。


この3点だけのために帰ってきたようなものである。


これからどうしようか、と不安だらけの母国再スタートだった。