俗物です。会話分析をします。エスノメソドロジーです。
居酒屋にて。
A:「彼女とかいるの?」
B:「いや、いないよ」
A:「え、そういうの興味ないの?」
B:「いや、ゲイとかじゃないから」
A:「そっか。安心したわ」
1つずつ見ていきましょう。まず初めにAとBの関係性ですが、小学生の時の友達であり、会うのは10年振りとかです。Aの「彼女とかいるの?」自体はまあ別にいいんですけど、10年ぶりにしては質問がプライベートすぎない?って気がします。たまに恋愛系の話題でしかコミュニケーション取れない人いますけど、そういう人なのかもしれませんね。
次の「え、そういうの興味ないの?」の「そういうの」が指している事柄がふんわりしていますが、「恋愛」ということでしょうか。で、衝撃なのが次の発話「いや、ゲイとかじゃないから」。これはどういう意図があったんでしょうかね。本人としては「興味あるよ」っていう主張のつもりかもしれませんが、恋愛に興味がないことからゲイであることは導出されませんし、「そういうの」を「異性」と取ったとしても、「ゲイとかじゃないから」っていう言い方は御時世的にも控えた方が賢明かなって思っちゃいますねえ。ゲイの方がそれを聞いたら不快に思うかもしれないなって思っちゃいます。ついでに言えば「ゲイとか」っていう風に括るのもあんまり良くないんじゃ、、、って個人的には思います。個人的には。
で最後のセリフが今季最大の謎ですね。「そっか。安心したわ」。これは非常に不可解ですねえ。何に対して安心したのでしょうか。もしゲイであると不安になるのでしょうか。というか、他人の性的指向に対して安心を覚えるとはどういう脳回路してるんでしょうか。
こういう会話を聞いたことはあんまりなかったのでとてもとても衝撃でした。そしてまだ衝撃は続きます。この違和感をどうにか話し合いたいと思い、同席していた友人に話したのですが、「みんなちがってみんないい」とか「ここ(僕ら)が異常なだけだから」とかいうつまんない、毒にも薬にもならない、戯言を吹いてるんですよ。正直引いちゃいますねえ。この類のフレーズ。
まず「みんなちがってみんないい」という発言について。「みんなちがってみんないい」は「みんなちがってみんな悪い」の裏面です。この2シングルは両A面でリリースしたはずなんですよ。それなのに前者だけが1人歩きして、「みんないい!say みんないい!」みたいな風潮になってますけども、これは甚だ危険な言葉だと思います。今回のように安易に使う人が出てくると、善悪というものが見えなくなって本質的な議論ができなくなってしまいます。それに、この両面があるわけなんで、実質何も言ってないに等しいですよ。相殺しあうわけですから。本当に面白いくないフレーズです。
また、「ここが異常なだけだから」という発言について。はっきり言うと、「で?」っていう感じです。全くもって意味がわかんないです。「納豆食べたいな」に対する、「今、夜だけど」くらい意味わかんないです。「ん?何が言いたいの?」っていう。こっちは道徳的に、社会的に正しい発言だったのかを言及しているのに、「普通/普通じゃない」の話されても、そんなの知ったこっちゃないですよ。普通納豆は朝に食べるのかもしれないけど、今は自分の食欲について話してますから。
結構いますよね。「普通/普通じゃない」の二元論で話す人。こういう人は「普通」の人みたいに「普通」なこと言って「普通」な人と「普通」に付き合って「普通」に結婚して「普通」に子供作って「普通」に家庭を持って「普通」に死んでけばいいんですよ。別にそれはそれで幸せなんじゃないでしょうか。ただその価値観でこっちを測ったり、その価値観を押し付けてくるのだけはやめて頂けないでしょうか。お願いいたします。この世には「普通だけど道徳的に間違ってること」とか「普通じゃないけど社会的に尊いこと」とかいっぱいあるんです。そういうのを見えなくしているのはあなたたちです。
こういうことがあるとやはり、小さい頃から性自認や性的指向に関する教育は必要であるなと思います。「子供たちを混乱させるから」という理由か分かりませんが、成人してもそれらに対する理解が低い人もいますから、もう少し頑張った方がいいですね。文科省なのか教育委員会なのか知りませんけど。
あとはもう少しだけ懐疑的になった方がいいかもしれませんね。コギトエルゴスまなくてもいいですけど、流石に上記のような思考だとまずいかなって感じます。こんな粗い篩じゃセンター現代文点数取れないですよ。もう一回センター国語大問1を解いた方がいいかもしれませんね。