私はたぶん10代で本当に最高の作品に出会えたと思います。

それが「溺れるナイフ」です。

私がどれだけこの作品(原作含)が好きかというと、

ブルーレイディスクはもちろん、漫画1から17巻、サウンドトラックまですべて

買ってしまったほどです!(^^)!

 

この映画は評価が低い意見と高い意見すごく分かれます。

私にはそれがなぜかは理解できます。

まず、一部の方に批評がこれだけされている原因として

17巻ある中から凝縮したものを視聴者が読み取りづらい

というところだと思います。漫画の中には出てくるのに映画には出てこない

登場人物などがたくさんいます。長谷川家は漫画ではすごく複雑に描かれています。

しかし、映画ではあまり長谷川家のお家事情などが触れられていませんでした。

 

現作品の作者、ジョージ朝倉さんはきっと主人公コウ、夏芽2人の形成された家庭とか恋愛とか以外のものも描きたかったと思うのですが、それはとても映画2時間では表しきれないと思います。というかドラマ24本でも削られそう。

 

いまのご時世、家政婦のミタさん以降ドラマはヒットしてない気がするなあ。

まあそんなことは置いといて。

 

あと批評されがちなポイントとしてカット割りとか音楽。

カットとかって客観的、主観的とかあるんですが

それが客観的すぎたという意見を見ました。

これは個人の意見になってしまうのですが、ほかの

実写化恋愛漫画のほうがそうだろ!って思っちゃいました。

アオハライ〇とかすごく好きで期待して昔見に行ったんですけど

今思えば大体客観カットじゃなかったかな。

あと専門用語にもなるんですが、ダッチカット(わざとカメラ傾ける手法*写真集のシーン)

こだわりの吹き替えカット。あれ絶対撮影大変だったし、すごく魅力的だと思うんですよね。

 

おそらくではありますが、男性の方の監督で実写恋愛映画って絶対予算とか考えて仕事うけちゃがちなんでダッチとか吹き替えまでしてカット撮らないでしょう、、、。

 

あと音楽ですね。

これは聴く、観る人の感性かもしれません。"(-""-)"

監督さんがどこかでおっしゃっていましたが音楽が頭の中で流れ出す

的なことをいいました。

いまは混沌していて恐れ多い言葉ですが

いわゆるサブカル大森靖子などの曲が使われていますよね。

サブカル?なにそれ????って思う方にはわかりにくいと思います。

わからないと思うので説明しますが、靖子です!靖子ですよ!

聖子ちゃんじゃないです。

あと音楽を入れるタイミングです。

映画を引き込ませるのに有効なんです。音楽って。

 

少し話が変わりますが韓国ドラマを少し見漁った時代が私にはありました。( ´∀` )

すごく女の子がかわいいんですが、見てるとすぐ音楽流れるんです(笑)

なにかあるたびに音楽。

急なアクシデント!また音楽!みたいな。

国の人柄で入れるタイミングが

せっかちなのか「早っ!」っておもってしまったほどです。

 

ってなかんじで見てる人を引き込もう!感動させよう!

とするには映画には音楽(サウンドトラック)が必須なんですね。

で大体すぐ日本の恋愛映画も入れがちです。

でもこの映画、観たかたはわかるとは思うんですが

すごく感動にもってこさせよう!とか ここはこういう雰囲気で見てね!

とか押しつけ的な感じのなくないですか?(まあ一部はサウンドトラック入ってます)

ハンドメイドホーム、絶対彼女、水星。

この3つが論点だとは思うんですけど、これってセンチメンタル

だとかモラトリアムな感情をくみ取れるかどうか。になってくると思うんですよ。

 

とくにこういった男性の方があんまり好みじゃない表現って

わかる人にはわかるけれど、僕 俺は視聴者だ!とか思ったら

一生映画の世界には入れないし物語を理解できないと思うんですよ、

 

あとついでにですが、サウンドトラックも最高です。

申し分ないほど1つ1つ凝ってます。

 

そして最終的な疑問に思われがちなところ。

「え?結局2人はどうなったの?」

「あのシーンって何?」

まあ落ち着いてください。

柔軟な思考になりましょう(´;ω;`)

 

コウちゃんって神的ですごく魅力的に描かれていますよね。

あんな荒波から少年が出てくるなんてそうそう

いないですよ。あと金髪すごく似合っていますよね。(それは菅田将暉の問題)

なにしてもなぜか世間はコウ中心に回ってました。

夏芽は可愛くて必死で好かれたくて

恋をする痛々しい女の子。美人で一目置かれていて、コウしか見えない。

そんな感じでしたよね。

 

でも2人うまくいきませんよね。

少女は自分自身の魅力に気づいていなかった。コウばかりが魅力的で

かっこよくて、目が離せなかった。

おそらくコウはずっと前から原石のようにひかっているのを

知っていたんでしょうね。お互い幻想でしか相手を見ていなかった。

でも本当に現実で痛いほど愛し合った。

コウは結局夏芽を大事にできなかったんだと思います。

推測になってしまいますが、2人とも現実ではなく幻想のなかで生きていたかった。

現実で生きると食い違い、お互い苦しくなっていったんだと思います。

それが最後のシーンの表していることではないかな。と思います。

 

言葉が見つからないから幻想とか言えないけれど

永遠だと思うんですよね。感情的に。

愛し合ったことは何歳になっても忘れないし、そういった感情のシーンですね。

 

 

 

とある大学に通う2回生です。

映画を見るのが好きなので、ひとつひとつを忘れないように

ブログに1感想として書いていこうと思います。

 

語彙力もあまり自信はありませんが

見苦しくない読みやすいものにはしていきたいです。