私という生き様くらいは狂っていることで形成したい(願)という厨二病精神こそ美しく映らない。ごく一般的な思考を持つ人間と客観的に自分を見る瞬間の可哀想な私が作りあげた排他的思考を極限まで亡くしている時に現れる。

私で言えば、愛される人間(想像)を演じている時のことで、交際願望とかそういう以前に愛されたいというグロくて女々しい感情や承認欲求を満たすために本当の自分を押し殺すということこそがこれである。これは一例であり、人による。例えが通じない人もいると思う。


何かを生み出す職業につく人こそアイドルになればいいと思うのである。ステージに立って有名になることが、ここで言うアイドルでは無い。人生を狂わすということで生き様を形成して生きることで情や執心を沸かすオタクは少なからずいる。つまり反感もある。

心を重要視するクリエイター(アーティスト)であればあるほど精神的な物体を虚偽であれいくらでも大きくすることは得意なはずだからそういうものを上手く使いこなすことは大事なのかもしれない。



今年の4月、私の友人が自殺で亡くなった。

1ミリでもこの言葉を放つということに私の承認欲求があるならば気持ちの悪い自己表現だと思って家族以外は誰にも話せなかった。

多分アーティストこそこういうところにぶち当たるんだと思う。アイドルはキラキラなんかしていない。多分グロテスクなその物体が光に照らされて光っているだけなのかもしれないと思う。

写真に映るその笑顔が本物だとは限らないし、そのアートは作者の願いや思想や感情から出てきた作品だとも限らない。

ニッコリマークを描いているその瞬間、あなたは果たして本当に幸せなのか。







言葉をただ書いていたら自分にしか分からないような文章が出来上がったけどこれでいい。が、言語化しか出来ないなら辞めたい。思想の無駄使いだ。かなり言語中毒。かっこいい言葉を言えばいいと思っている。そんなかっこ悪い文章のチープさって本当に面白いですよね。思考を贅沢に使いすぎている大胆さにはどこかおっかなびっくりしているようなものを感じます。


これこそが冒頭にも書いた、「美しく映らない」の正体なのだろうか。