映画「おいハンサム!!」に主演する吉田鋼太郎
映画「おいハンサム!!」監督の山口雅俊氏
竹内結子さんとの「約束」果たせず…後悔の念「事務所に門前払いされても、彼女とかかわるべきでした」「この映画を捧げたい」
フジテレビ系連続ドラマ「おいハンサム!!」(season1は2022年、同2は今年5月まで放送)が映画になった。21日から公開される。いずれも監督・脚本はフジ出身の山口雅俊氏。
インタビューに応じた山口氏はこの映画を故・竹内結子さん(2020年、40歳で没)に捧げたいという。
「おいハンサム!!」は約2年前のseason1開始時点では、ほとんど話題になっていなかった。主演が旬な若手俳優というわけでもない吉田鋼太郎(65)で、放送枠も0時をまたぐ深夜ドラマ(土曜午後11時40分)だったから無理もない。ところが、放送が始まった途端、SNSは大賑わい。雑誌は特集を組んだ。
過去に類似作品が見当たらず、斬新だったからだ。ホームコメディであるものの、ナンセンス調でも人情喜劇でもない。吉田が扮する主人公、やや暑苦しいが憎めない父・伊藤源太郎と家族の日常が淡々と描かれる。「今の時代に合う、ホームドラマの新しい形をなんとしても生み出したいという強い気持ちがありました。家族の群像劇が広く受け入れられるにはどうしたらいいのか、自分の中で試行錯誤した結果でした」(山口雅俊氏、以下同)
プロの評価も高く、日本民間放送連盟賞の番組部門テレビドラマで優秀賞など多くの賞に輝いた。人気と評価に後押しされ、今年4月からはseason2が放送された。そして今度は映画になった。
源太郎の家族とは、妻・千鶴(MEGUMI)、長女・由香(木南晴夏)、次女・里香(佐久間由衣)、3女・美香(武田玲奈)。この5人の言動には一定のリアリティがあるものの、観ているとプッと吹き出してしまう。山口氏はごく普通の人間が持つ滑稽さや狂気を描くのが抜群にうまい。
たとえば、season2で源太郎は偶然、長女・由香の日記を見つけた。読みたくて仕方がない。父親なら誰だってそうではないか。妻の千鶴は「読めばいいじゃない」と軽く言うが、良識ある父親でありたい源太郎は我慢する。 ついには欲求を堪えきれず、千鶴の勧めもあって読んでしまったものの、そこには元日から2日分しか書かれてなかった。あとは真っ白。「3日坊主以下か……」。
千鶴はその日記帳をメモ代わりに使っていた。源太郎は我が子にあきれ果てたが、読むか否かで悶々とした彼の姿にもおかしみがあった。 源太郎のみならず、3姉妹も会社員。それぞれの職業人としての哀歓はほぼ均等に描かれる。千鶴の主婦としての日々もそう。また、3姉妹は独身なので、その恋愛事情も等しく表される。
「今の時代のホームドラマは、そうであるべきだと思います」 平成期までのホームドラマは親か、あるいは子供の誰かにスポットライトが当てられた。しかし、実際の家族はそれぞれが主人公。このドラマは現実に沿っている。新しさを感じさせる理由の1つだ。
ノーマークの深夜ドラマが映画に
映画になってもそれぞれの日常が描かれる。特別な設定は用意されていない。「登場人物たちが突然海外に行ったり、殺人事件に巻き込まれたりしません(笑)」
ドラマと映画の世界観は同じだという。「このドラマのファンの方は、ダラダラと観るのが楽しいという人も多いと思いますので、『映画になったら、どうなっちゃうんだ』と心配されているかも知れません。でも、そういう人にも『これは確かに映画にする意味がある、大画面で見てよかった』と思ってもらえるようにつくってあります」
映画での源太郎は頼まれてテレビ出演したところ、不規則発言を連発してしまう。大丈夫なのか。長女・由香は知らない男からの間違い留守電メッセージを心待ちにする孤独でトホホな日々。
次女・里香は既婚のデザイナー・原(藤原竜也)への思いを断ち切るため、京都へ“恋愛疎開”するが、そこで一波乱ある。3女・美香は貧乏漫画家で一応は婚約者的な存在のユウジ(須藤蓮)とはたぶんダメな感じになっている。
山口氏は3姉妹をどう見ているのだろう。「まず由香役の木南さんはリアクションの芝居とか受けの芝居が抜群です」 確かに由香のウソがバレたときなどの表情は笑える。「木南さんはお芝居として成立させることが出来るだろうかっていうギリギリのシーンも軽々と成り立たせてしまう。まさにプロフェッショナルでいつも頼りにしています」
佐久間が演じる里香はseason1では結婚しており、大阪に住んでいたが、これには裏事情がある。「佐久間さんにはぜひ出てもらいたかったんですが、season1の撮影時の彼女はスケジュールがなかった。でも、この作品にはどうしても佐久間さんが必要だった。伊藤家と別に住んでいることにすれば、別撮りでなんとかなる。それもあって既婚者にしました。成人した3姉妹の全員が、ずっと同じ家にいるのも不自然なのだから、ちょうどいいなと」
その後、里香は精神的に幼い夫の大輔(桐山漣)の浮気が発覚したことによって離婚した。佐久間のスケジュールも徐々に取れるようになり、別撮りの必要はなくなった。
美香役の武田は、山口氏脚本・演出のTBSの連続ドラマ「新しい王様」(2019年)で主演の藤原竜也の相手役に抜擢され、「おいハンサム!!」でブレイクした。現在はテレビ朝日系(制作・朝日放送)の「あなたの恋人、強奪します。」(土曜深夜2時30分)に主演している。
「武田さんの声や日本人離れしたスタイルの良さは、ものすごくコメディ向きなんです。幅広い表現力もある。世間が気付いてなかっただけなんですよ」
「誰よりも原作を尊重」
山口氏の俳優の才能を引き出す力は折り紙付きだ。過去にはフジの「カバチタレ!」(2001年)で常盤貴子(52)と深津絵里(51)をコメディエンヌとして広く認知させた。
窪塚洋介(45)の知名度と評価を決定的にしたのも常盤貴子とダブル主演した同「ロング・ラブレター~漂流教室~」(2002年)にほかならない。
2010年からTBS系(制作・毎日放送)の連ドラと映画で大ヒットした「闇金ウシジマくん」シリーズでは、山田孝之(40)を主人公の闇金業者・丑嶋馨役に起用。山田は俳優としての幅を飛躍的に広げた。
「ウシジマくん」は同名漫画が原作で、作風はシリアスかつダーク。丑島は極悪キャラだ。従来のキャスティングの常識なら、アクション系のコワモテな俳優が起用されそうな局面だが、山口氏の考え方は違った。丑島に原作以上の清潔感とチャーミングな一面を持たせ、群像劇の味わいを付けることにより、視聴者層と観客層を拡大させた。
「おいハンサム!!」もそう。これまで家庭人のイメージが薄かった吉田鋼太郎を3姉妹の父親役に起用したことが成功につながった。「源太郎はちょっとウザくて強いパパ。昭和のホームドラマの頑固オヤジとはかなり違います」 それが吉田にぴったりと合い、本人のドラマの代表作に加わった。それだけではない。出演者全員、損をした俳優が見当たらない。全員がハマり役。当たり前のようで、最近のドラマでは珍しい。「成功する作品というのは、何となくそうなるものです」
山口氏のドラマ、映画は原作者も損をしない。青年向け漫画が原作だった
「カバチタレ!」にはドラマ化後、女性も飛びつき、発行部数が激増した。
1972年の「ロング・ラブレター~漂流教室~」は楳図かずお氏の原作漫画を再評価する声が高まった。どちらも大胆に改変してあるが、トラブルは一切なかった。
山口氏が「原作を映像化しようとする作り手は、誰よりも原作を尊重し原作に詳しくなくてはならない」という信念を抱いているからだろう。「適当に原作を持ってきて、『これがやりたい』といえばプロデューサーを名乗れるかも知れませんが、それは実は本当のプロデューサーではない。最終的に作品の全責任を背負ってこそのプロデューサーです」
「かけがえのない存在だった」
伊藤理佐氏原作の「おいハンサム!!」もそう。原作は漫画でクスリと笑えるハートウォーミングなコメディだが、山口氏によって爆笑を誘いつつ日々の生活や人生のための指針や教訓に満ちた内容になった。それでいて原作の持ち味、スピリットは一切崩されていない。
山口氏はこの映画をフジ「ランチの女王」(2002年)、同「不機嫌なジーン」(2005年)で組んだ竹内結子さんに捧げたいという。意外な気がするが、そこには深い後悔の念がある。
「ドラマのseason1で源太郎のこういうセリフを書きました。『どんなに身近な店でも、いつでも行けると思わないこと。どんなに大切な人でも、いつでも会えると思わないこと。結局、積極的にかかわろうとすることでしか、その関係は守れないんだ』」
山口氏は生前、竹内結子本人から「(次の役のオファーを)待ってますよ」と伝えられていた。しかし竹内はすでに堂々たる主演クラスで、そのポジションにふさわしい役や企画が固まるまでと、連絡を控えていた。
「小さい役やまだ思い付き段階の企画であっても、たとえそれが事務所に門前払いされても、もっと頻繁にやりとりし、彼女とかかわるべきでした。
僕にとって竹内さんは大切な役者、かけがえのない存在だったのですから。
ドラマ『おいハンサム!!』の源太郎のセリフはこう続きます。
『だから……、あれこれ遠慮するな。あれこれ考えるな。電話をしろ。手紙を書け。会いに行け。あとで後悔しないように』。
これが竹内さんを失った僕の強い思いなのです」
山口氏のドラマ、映画には例外なく本人の哲学が込められている。
やまぐち・まさとしフジテレビで「ナニワ金融道」(1996年)、「きらきらひかる」(1998年)、「カバチタレ!」「ロング・ラブレター~漂流教室~」、「ランチの女王」、「ビギナー」(2003年)、「不機嫌なジーン」などをプロデュース。独立後、企画・プロデュース・脚本・監督をすべて担当した作品として、ドラマ・映画「闇金ウシジマくん」シリーズ、TBSの蓮ドラ「新しい王様」シリーズ、同「闇金サイハラさん」(2022年)、ドラマ・映画「おいハンサム!!」シリーズなどがある。映画「おいハンサム!!」が全国東宝系劇場で21日公開。