勝負の冬がやってきた。


けど、ひかるの体調ははっきり言って最悪だった。


「ごほっ……ごほっ……!」


そもそもの喘息の重さと、季節と、受験のストレス。更に稀に見る大寒波の到来ときたら発作を起こさない方がおかしかった。


朝から軽発作が出ていたひかるのことを教室まで行かせる訳には行かず、こうしてずっと保健室で様子を見ている。ひかるはもう慣れたものなのか自習の手を止める気配はない。


「1回吸入したら?……時々肩上がってるの見えてるよ。」

「だいじょーぶ。」


吸入したら手が震えるから嫌なんだと前に言っていた。薬を変えても震えは不可避らしく、1番効果のあるものを使っている状態。そもそも吸入が苦いからしたくないのだろうけど……。



手持ち無沙汰な私はしばらく彼女をボーッと見ていた。カリカリと動く彼女のシャーペンと毎朝めちゃくちゃ念入りに掃除している加湿器の音、そして彼女から発される咳と少し荒い息遣いに交じった微かな気道狭窄音。


そんな状態が1時間ほど続いたころ、私は職員室に呼ばれ保健室を後にした。


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「以上で大丈夫ですね。小林先生、ありがとうございました。」

「いえいえ。では失礼します。」


職員室での用事が終わると、時計の長い針は半周ほど進んでいた。

途中で自販機によって暖かいココアを二本買ってから保健室へと戻る。



「ただいま………動かなくて大丈夫だからね。」

「せんせ……。」


ひかるは机に突っ伏していた。

先刻より酷く悪化している咳と喘鳴。

目は不安で揺れている。


椅子の足元に落ちていた吸入器のカウンターを確認すると、私が最後に見た数字から減っていない。

ひかるの口元に当てて吸入薬を噴射する。


全身に力が入っていないのか、硬い教室用椅子からずり落ちている彼女の体を抱き上げ、ソファに移動させる。


「大丈夫?苦しかったね。」

「ごめ……せんせ……。」

「大丈夫大丈夫。ゆっくり息して。」


冷えた手を温めるようにさする。

まだ彼女の奥からは微かな喘鳴が聞こえてくる。


「20分後にもう1回吸入しよう。」

「さっき……すればよかった……。」


言われた時にすれば良かった。そう言ったかと思うと、再び咳き込み出すひかる。吸入薬は最低でも20分をあけなければ使えない。背中をさするしかできないことにもどかしさを感じながら時計の針が進むのを待った。




20分たった瞬間に吸入薬を吸い込ませるとようやく落ち着いてきたようで、顔色も少し回復した。

でも吸入を2回もしたし、そもそも酸欠で痺れているであろう手では到底勉強は無理。


冷めて少しぬるくなったココアを渡して、午前中はお喋りをして過ごしたのだった。


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