この話は私が好き勝手に書いた作り話です。
根暗な感じな雰囲気が漂いまくってます。
苦手な方は引き換えしてください。
尚、自己責任でお読みいただき、読まれた後の苦情などはご遠慮ください。
打たれ弱いヘタレなのでご了承ください。
こんなはずじゃなかった。
そんな風に後悔をしたところで、この現状を変えてやろうと何かをするわけでもない。
ただ、ぼんやりと『こんなはずじゃなかったのに』と思うだけだ。
思うだけ、だから何も変わらない。
それが私にとっての日常だ。
―― 01.日常
お金がない。
この言葉にはレベルのようなものが存在すると思う。
豪華な家に住み、高級な車に乗り、可愛いペットを飼っている人の
『お金がない』
と、
日々の生活に困窮し、アパートの大家さんが家賃催促に日参する、そんな人の
『お金がない』
では同じ言葉だからと、同意で認めてしまうには抵抗を感じる。
もっとも、それは私が後者で述べたような立場の人間だからだろう。
私から見て『お金持ち』の人でも、その人たちにはその人たちの世界が存在し、
色々と他者と比較をした結果の言葉なのだろうから…。
ひがみがあるのは事実だ。
私自身が人に騙されたり、ギャンブルで借金を作ったりした結果の生活ではない。
私の物心がついたときには、すでにそれが、
『私の日常』
としてそこに存在していたのだ。
抵抗のしようがない。
それでも母親の名前で勝手に借金をしたり、
母親の親族から知らぬうちにお金を借りるような男では駄目だ、と
母親は必死に働き私を育ててくれた。
朝早くから製造業に行き、帰宅し、私に朝食を作り小学校へ送り出した後、本職へと向かう。
そんな生活をずっと続けていた。
自分が倒れそうなほど具合が悪くても、
結婚した男が、再び借金を重ねてこようとも、だ。
自分のほしい服やかばんを我慢しては学費を納めてくれていた。
後から知ったのだが、あまりにお金がなく自分は食事できずに、
私の食べ残しや水のみで生活していた時期もあったらしい。
そんな母の姿を見ていた幼い私に出来ることはシンプルだった。
興味を持たない。
私は他の人に指摘されるほど、興味が希薄だ。
理由はいたってシンプル。
興味を持ってしまうとお金がかかるからである。
そんな私だから人間に対しての興味もない。
他者を認めてしまうと自分を比較し、負けたくないと切磋琢磨したくなる。
それが学業でも、見た目でも同じだ。
その結果、お金が必要になり母親に負担がかかってしまう、という結論にたどり着くのだ。
もちろんこれは私が幼く“働く”という選択肢を持ち得ないころに身に付けた術だ。
まだ10円のガムで喜ぶ時期の話であって、
すでに成人した現在ならば、自分自身を磨くために働きお金を得るということが可能だ。
しかし、幼い頃に自分自身に植え付けた種はしっかりと根付き今尚、大輪を咲かせている。
そんなスタンスで生きてきた私の日常にあるのは
日々を生る。
このことだけである。
映画などでみれば格好の良い言葉なのかもしれない。
でも、私にとっては泥まみれのがけっぷち状態での最後の足掻きだ。
もう、この日常を生きることにすら興味はない。
母が少しでも楽になるように、と日々会社に行きお給料をもらうためだけに生きているのだ。
日々を生きる。
ささやかな幸せを探す余裕すらない。
少しでも余所見をしてしまえば、私ではなく母親が暗いところへと落ちてしまうのだから…。
―― 01、日常 end
※このお話はフィクションです。作り話です。一応権利は榊が保持しております。