本日は、沖縄南部をドライブ、と言うことに相成りました。
お兄さんが運転で、ワンボックス?7人乗りで。
 
朝は、相変わらずゆっくりでしたが、
お昼前には、お食事処へ。

まんぷく食堂と言うところで。
ヒージャー汁。
フーチバーは最初から乗っていたような。
 
巷間、臭い臭いと言われておりますので、どんなもんかと思いましたが、
まぁ、そこまでですね。
お肉としては、まぁ脂も無く。旨味も無く。
ま、あんな痩せた獣ですから、さもありなん、ですが。
流行らないわけもわかります。
話の種には良いですが、
最終的には、美味くも無く、不味くも無く。
 
ちなみに、長女はアヒル汁、次女は牛汁でした。
どれも想像通りの味になりました。
お母さんあたりは、山羊汁の最後の方は臭いと、言っておりましたが。
 
ニライカナイ橋の展望台から。
厳密に言うと、見えているのがニライカナイ橋で、
それを望む展望台、ですかね。
ここで一雨来ました。
すぐ上がりましたが、湿気マシマシで、体力が削られます。
 
南城市の道の駅?で。
ネコもうだる暑さ、でした。
死んでいるのかと思いきや、死んでおらず。
 
せーふぁーうたきのチケットなんかも売っていましたが、
行ったところで、と言うこともあり。
家族旅行感。
逆光で顔が見えないから良いでしょう。
この頃までは、まぁ、一応幸せだったのかな?
 
そうそう。
サーターアンダギーを売っていて。
お母さんが、揚げたてを出せ、と、
奥さん勘弁してくださいよ、
そんなやり取りをしていました。
 
ちょっと北のビーチへ。
有料駐車場に入れたがらないお兄さんが、ウロウロ運転していました。
ケチ臭い野郎だ。
誰も居ない海、なのは、遊泳禁止の場所だったからです。
遊泳許可の場所もありましたが、泳がないならこの辺で、と。
写真撮れと言うから撮りました。
どっちか、水に落ちて欲しかったんですけどもね。
 
さて。
この時点で14時ぐらい。
道の駅で氷食べよう、みたいなことを言っていましたが、
15時から、と言うことなので、諦めて車に。
沖縄の南岸を走ることしばし。
 
橋を渡って、奥武島と言う島へ。
何だか、欄干から海に飛び込むのが流行っているようで。
飛び込んで来な、と言うと、
無視されましたね。
 
奥武島には、道の駅ではないですが、
魚屋が軒を連ねている市場があって。
買い物するなり涼むなり、という段になりました。
私は、一服するので、炎天の下に晒されていましたが。
 
で、お母さんが。
まず、値段のあるものに、幾ら?と聞きます。
次いで、別のものを併せて、併せて幾ら?と聞きます。
最終的には、これだけ買うんだから、何か付けろ、と言います。
 
こんなのも、昔は下卑たものとして、嫌ったものですが。
今となってはね、ま、懐かしいものです。
謎の貝とか、イカとか、買ったようです。近海物のマグロとかも。
随分おまけして貰ったと、意気軒昂。
 
青物が少ない、と言うことで、糸満市のまた、道の駅。
また、外で待っていると、随分時間が掛かりまして、
何していたのか聞いたら、
パパイヤの調理の仕方を、その辺のオバサンに聞いていたと、
曰く、専用のピーラーがあって、それで剥いた皮や実を、焼くだのなんだの。
ですって。
 
さ。
ここから、お兄様が発狂しまして、
何でも、この先、国際通りで子供を下ろして、
ホテルに行くのか、アパートに行くのか、レンタカーをどう返すのか、
わからない、面倒くさい、とか。
ハンドル叩いて、暴言を吐いて。
 
そう言えば、
娘どもに曰く、ハワイでも逆走したり、あおり運転もどきをしたりだとか、
大変だったそうで。
 
本当に、嫁のお父さんの名前がなければ、何も無い糞野郎なのにね。
 
そうそう。
この旅行のテーマは、一応、latestでnewestと言う意味あい、だったのですが。
本当に最後の家族旅行だな、と。
思うような、そんな荒れ方でしたよ。
はぁ。
ま、子どもたちは全員黙って携帯を見ていて、
慣れたモンなんだろうな、とか。
思いました。
 
ま、5分程発狂していて、
大人しくなり、
子供たちを降ろし、私もホテルに着き。
アパート行って、車を返したのでしょう。
 
夜は夜で、
お刺身食べ…私はそこまで食べませんでしたが、
ま、良い夜だったんじゃないですかね。
家族から鬼のように電話が入っていましたが。
 
後は、長女の方から、一生モノの秘密を聞き出しまして。
このカードが、まぁ強くて、強請りにも集りにも使えそうな。
 
しかして、翻って考えれば、この手の秘密を持っているヒトって、結構いるのです、
山口県の奥さんとか、前の職場で一緒に働いていた子とか。
 
麻疹みたいなモンだとすれば、やっぱり、あまり使えないかな。