神保町を後にした私は

今日も本と戯れたいと代官山へ

久しぶりに大好きだったTSUTAYAに行って

気の済むまで頭の中を整理していました


ソロ活をするにあたり

私って、何が好きで

何がしたいんだっけ?

どんなものに心がワクワクし

楽しい気分になれるんだろうというのを沢山自分に問いかけて過ごしました


でも、突然ひとりの時間ができても

正直分からなかったんです

自分のことなのに

わからない



せっかくのひとり時間なのに

娘に会いたくて会いたくてさみしくなってばかり

で、楽しめない自分をだめだなぁ、と責めてみたり


もちろん、娘が大好きで娘といる時間が楽しいからなのですが

ひとりになって考えるにつれて

私の中で

娘がいるからということを言い訳にして

本当に自分が好きなものとか

やりたいことをいつのまにか

考えないようにしていたのかなと思いました



我が家は夫が多忙ということもあり

必然的に私が娘といる時間が圧倒的に長く

娘が生まれてから

夫婦の中でどちらかが負担する場合は

私がするというのが当たり前になっていました

加えて、私の性格と娘を大事にしたいという思いが強いにも関わらず

不器用でメリハリの付け方が下手ということもあり


ゆえに、こうなってしまったのも、

ある意味仕方ない部分はあるのかなと自分に対して理解を示す一方




娘と私は違う人間で

いずれは独り立ちしていく

そんな彼女の心身の健康的な成長を考えると

私が私でいるということは

とても大切なことで

そのために、しっかり自分の好きなものを分かっておくというのをやるべきだなと改めて思いました



かといって、その為に娘と夫を置いてひとりで海外に留学する!とか(まぁ、どうしてもやりたくなったらそれもいいのかもしれないけれど)

大それた事をするとかじゃなくて


娘にはオレンジジュースを

私にはジンジャエールを(炭酸なので娘は飲めない)


とか


娘はプリキュアが好きだけど

私は退屈だなと思ってもよくて

一緒に見ても見なくてもよくて

(前のプリキュアは一緒に楽しめたのですが、今回はいつの間にか見なくなってしまった)



私は私で、全然違う娘が退屈なドラマや映画が好きでよくて



自分が自分であるって

もっと小さな一寸したことでいいのかなと


で、その上でやっぱり

私が娘といる時間が好きで

楽しいから選んでいるっていうのが大事なのかなと


私のように、娘といるのが大好きな人は

こうやって半ば強制的にでも離れざるを得ない時間を作らないと

あっという間に自分を無くしてしまうのだなと

思いました



3日目の朝にして

ようやくまともな精神状態を取り戻せた気がする


夫はその事を分かっていたのかな

何してたの?って不思議なくらい全く聞かないのもわざとなのかもしれない

ありがたいな


今日は二人が帰ってくるまで残りの仕事と部屋の片付けでもしながら

自分の声をよくよく聞いてあげようと思います




ソロ活は

なくした自分を探しに行く旅だな