東京墨田区常泉寺所属の法華講員斎藤美穂です。


元創価、元顕正会員です。



私は創価女子短期大学を受験しました。


もちろん不合格です。


でも、落ちて良かったと思います。


父は一人暮らししちゃダメ、八王子まで通えと言いましたので。


私は八王子まで通学する覚悟は決めていました。


そう、池田センセの元に行けるなら。


創価の学び舎で学べるのなら八王子まで通うのは苦ではないと思ったからです。


だから、覚悟は決めていました。


実際は辛いと思います。


だって創価女子短期大学のキャンパスへ行くには八王子からまたバスに乗り継ぐのですから。


バスに乗っている時間も長いです。



創価の学び舎に行くのは学会員としての誇りになるのです。


ちなみに創価の学び舎ですが、創価高校は偏差値がべらぼうに高いですが、創価大学はFランクです。


それでも創価大学落ちましたけどあせるあせる


でも、学会内部では創価の学び舎に行くだけで高評価されました。


池田センセが創立したから。


ただそれだけです。


だから創価の学び舎を目指したのです。



創価女子短期大学の受験の時、私は前の受験番号の人とその前に車でいる人と話しました。


前の人は横浜から、その前の人は山口の人でした。


受験生同士、もちろん知り合いではありません。


でも、共通して学会員であることには間違いないでしょう。


3人で話しました。


最初、前の人が話しかけてきました。


「過酷だね」


と。


そして話をしました。


連絡先交換はしていません。



そして、受験が終わったら、「何県の人ですか?」と聞かれ「千葉県です」と答えると、千葉県出身の在校生と交流しました。


たまたま地元が一緒の人で話が弾みました。


お菓子をもらいました。


先輩が激励してくれたのです。


「一緒に創価女子短期大学で学びましょう」と。


ちなみに創価女子短期大学の受験1日目は英語科の受験でした。


翌日も違う科の受験があり、やはり英語科と同じ受験生でした。


そして。


丁度創価大学の受験の日に合格通知が家に来て、落ちたと知りました。



ちなみに創価女子短期大学の受験のときは2泊3日で八王子市内のホテルに泊まりました。


長野の人と仲良くなりました。


短大の受験の時は食事も親が手配してくれたので、食事には困りませんでした。


創価大学の時は八王子駅前のホテルに泊まりました。


大学の時は食事の手配はしてもらえませんでした。


だから、食事は自分でしなければいけません。


私はホテルのなかの飲食店害を徘徊しました。


どこも万単位でとても手が出ません。


でも、私は自分に言い聞かせました。


空腹を我慢したからこそ、合格が決まったのだ、と。


しかし、泣き面に蜂🐝


創価大学は見事に不合格でした。


あの時の我慢した空腹はなんだったのだろう。


悲しくなりました。


私は夜景を見ながら、今まで予備校でがんばったことを走馬灯のように思い浮かべました。


あれだけがんばったんだから必ず受かる。


自習室でがんばった。


授業中は先生の話をしっかり聞いた。


予習復習を怠らなかった。


だから受かるビックリマークビックリマーク



しかし。


合格発表の日。


電報を見る。


ない……ない……ない……。


私の受験番号をいくら探せどない……。


私はまたしても創価大学に不合格になったのです。



ちなみに私は創価大学の会員でした。


毎月創価大学通信が送られてきました。


浪人1年目までは送られてきました。


悲しかったです。


行きたかった……創価大学に。


そして池田センセに会いたかったです。



優しさを感じたちょっとした事

 

 

 

 

 

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