奈良で超国宝展を観てから、

半年もすぎてしまったけれど、



星神と倭文神の旅で

天寿国繍帳を見たってことは

書いとかなきゃと思って


またまた忘備録を‼️






天寿国繍帳とは、

聖徳太の后の1人、

橘大郞女が

太子の薨去を悼んで、

せめて、

太子の往生されている天寿国の様子を見たいと

願い、

祖母である推古天皇が、宮中の采女に命じて

刺繍で表したものです。




橘大郞女は、

推古天皇の孫

太子の后の中では、

1番位が高いけれど、


太子に最も愛されていたのは、

斑鳩周辺の豪族・膳氏の娘の

膳部菩岐々美郎女✨

聖徳太子と共に病となり、

太子が亡くなる前日に没して、

聖徳太子の墓所である磯長陵に共に眠っています。

一番そばにいて、一番愛されていた✨✨


橘大郞女の心はいかに・・😂


でも、

橘大郞女の太子を思う気持ち✨

その願い✨✨✨

祖母である推古天皇は聞き届け、

宮中の采女に刺繍させた天寿国繡帳✨✨✨


今も断片を貼り合わせたものではあるけれど、

現存していて、

私たちが目にすることができる奇跡✨



浄土の世界で生まれ変わった魂が、

蓮の花から生まれる✨✨✨

そして、仏様の教えを間近で聞くという様子を表わしているそうな❣️



不思議な話しが‼️

中宮寺は、7世紀前半、聖徳太子が亡き母、穴穂部間人のために創建した尼寺。

しかし、鎌倉時代には火災などで衰退し、無住の寺に。

中興の祖、真如比丘尼が寺の修繕を進めたが

寺の開基である太子の母后の命日がわからない。

そこで、八昼夜念仏を唱えると六日めの暁に夢を見る。

法隆寺の綱封蔵に天寿国曼荼羅繡帳が埋もれており、その中に命日が見えると✨✨✨

夢の通り、再発見された繡帳‼️

刺繡された銘文を解読した結果、

命日を知ることができたとのこと✨✨✨


不思議〜😆😆😆


真如は、同じものを作らせたけれど、

新旧2つの繡帳ともに、数百年後には破損が進み、断片化していました。

江戸時代に、飛鳥時代の原繡帳と鎌倉時代の新繡帳の断片を脈絡なく貼り付け掛け軸装にしたのが、超国宝展で見た天寿国繡帳ですね😆



一針一針、

糸を刺して、

布を埋めていく✨✨✨



亀さんの背中に4文字✖️100亀の400文字で、製作の事情を記した銘文が刺繡で表されていたそうです❣️

幸いその銘文の全文が『上宮聖徳法王帝説』という本に書き留められていたので、今に伝わります‼️


その亀さん達の中で、

今も残る一匹の亀さんの背中には、

部・間・人・公🐢

聖徳太子の母穴穂部間人皇女のこと❣️




天寿国には

日本最古の月に兎🐇🌕


でも、お餅を突いてるわけじゃなく〜

壺の右側の植物は、たぶん桂の木で、その皮(桂皮)から不老不死の薬を作っているんだそうです‼️

ほ〜、兎と不老不死

なんだか意味深😆



天寿国繡帳は、飛鳥時代と鎌倉時代の新旧の繡帳の断片が散りばめられているのですが、

驚くべきことに、色鮮やかな部分が飛鳥時代製作、そうでない部分が鎌倉時代製作なんだそうです‼️




いかに、古代の技術が優れていたのかと

びっくりです‼️



星神と倭文に魅せられた旅で、

聖徳太子とご縁のある天寿国繡帳と

出会えました✨✨✨💓💓💓




そのびっくりの技術を

現代に蘇らせた方がおられました‼️


中宮寺 聖徳太子像がまとう国宝『天寿国繡帳』


京繡作家・長艸敏明さんが技法復元












(写真は和樂webよりお借りしました)